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2018年10月02日

トーヨーボール事件の概要|被害者と犯人の人物像とその後

トーヨーボール事件は、東京都の大田区池上にあるボウリング場の駐車場で起きた、関東連合による殺人事件です。この事件は、被害者の死亡という結果の大きさと、加害者の罪の軽さが問題になっています。今回は、その背景、登場人物、結果について紹介します。

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トーヨーボール事件の時代背景・舞台

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時代は、2000年

トーヨーボール事件が発生したのは、2000年5月13日午前1時頃です。

2000年と言えば、サザンオールスターズの「TSUNAMI」が大ヒットしたり、シドニーオリンピックが開催され、谷亮子選手の「最高でも金、最低でも金」が流行語になったり、イチローが日本人として野手で初めてのメジャーリーガーになるなどの華々しい出来事がありました。

一方で、新潟少女監禁事件や世田谷一家殺害事件、大分一家6人殺傷事件が起きるなど、痛ましい事件が立て続けに発生した年でもありました。

トーヨーボール事件も、このような痛ましい事件の一つと言えます。

舞台は、大田区

トーヨーボール事件が発生したのは、池上というエリアです。池上は、東京都23区のうち、大田区に位置しています。

現場となったのは、ボーリング場

そして、この事件の現場となったのは、大田区池上にあるボーリング場の駐車場です。その名前こそが「トーヨーボール」なのです。「トーヨーボール事件」は、「東洋ボール事件」と書く方もいます。

トーヨーボール事件の関連人物と行動

犯行に及んだグループ

トーヨーボール事件で犯行に及んだのは、関東連合に所属していた14人で、その年齢は未成年である16歳から26歳までとまちまちでした。トーヨーボール事件は、首謀者は石元太一といわれており、この人物は、市川海老蔵への暴行事件を起こしたとして世間を騒がせた人物です。

そのほかにも、柴田大輔、伊藤リオンという人物の名が挙がっていますが、当時は少年だったため、逮捕されていながら、報道で名前は出ていませんでした。

被害者

トーヨーボール事件の被害者となってしまったのは、小笠原一也さん(当時18歳)でした。小笠原一也さんは、当時、寿司屋見習いをしていました。

トーヨーボール事件の真相

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トーヨーボール事件の概要

トーヨーボール事件は、大田区池上のボウリング場「トーヨーボール」の駐車場において、関東連合に所属していた14人から、寿司屋見習いをしていた小笠原一也さんが金属バットで殴られるなどし、その後、車で拉致される、という事件です。

事件の結果

小笠原一也さんは、関東連合の14人から金属バットにより殴られるなどした後、車で拉致されました。その車中で、小笠原一也さんは、大きないびきをかいていたというのです。この大きないびきというのは、脳挫傷の患者に診られる症状の一つです。

脳挫傷とは、外傷による局所的な脳組織への衝撃によって受けた損傷のことを言います。いわば、衝撃によって脳の組織が砕けてしまうような損傷のことです。

多くの場合、脳挫傷はある程度の出血が伴います。その出血の結果、血が塊になって血腫を形成することになれば、その部位に応じて、例えば外傷性脳内血腫などの病名がつけられたりもします。

脳挫傷は、その出血と傷の周囲(脳の一部)がむくんでくるため、頭蓋骨の内側の圧が高まってしまいます。これにより、受傷者は激しい頭痛や嘔吐、それのみならず意識障害が現れます。

車中での大きないびきを異常に思ったトーヨーボール事件の犯人たちは、特に自分たちの犯行であることを医師に告げたりするわけではなく、病院の前に小笠原一也さんの置き去りにし、その場から逃走しました。

その時点で手遅れであったかは定かではありませんが、小笠原一也さんは、置き去りにされたのちまもなく、脳挫傷で死亡してしまいました。

すなわち、本件は、犯人の故意の暴力による被害者の死を伴った、「殺人事件」です。

間違えられた被害者

被害者の死亡という重大な結果に終わったトーヨーボール事件ですが、より衝撃を与えたのは、その被害者が「間違い」であったことでした。2000年当時、関東連合と対立していた「全狂連暴走族」という団体がいました。

このトーヨーボール事件も、両組織の対立が表面化したもののように見えました。というのは、当時、暴走族の抗争は、集団暴走中に正面からぶつかり合うという、言わば敵チーム同士の総力戦ではなく、敵が少数でいるところを集団で狙い撃ちするという、いわばゲリラ的な抗争に形を変えていたのです。そのため、この事件も、その一環のように見えました。

しかし、小笠原一也さんは全狂連暴走族の一因ではなかったため、この両組織の対立とは本来無関係の人間でした。すなわち、トーヨーボール事件は、人違いにより金属バットで人を撲殺するという、極めてやるせなくも凄惨な事件なのです。

トーヨーボール事件のその後

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判決

首謀者として逮捕された石元太一は、市川海老蔵に対する暴行騒ぎを起こしたのちの記者会見で、10代の時に起こしたトーヨーボール事件で、特別少年院に2年いた、と述べています。

成人になっていた関東連合の共犯者がどうなったか詳細は不明ですが、柴田大輔、伊藤リオンも含め、当時少年だった者は少年法の庇護を受け、わずか2~3年の服役期間で出所したとのことです。

犯人の判決後の活動

判決後、石元太一は、市川海老蔵への暴力事件ののちに、このトーヨーボール事件の話も含め『不良録ー関東連合元リーダーの告白ー』という書籍を出版しました。

その記者会見では、「10代の時に起こしたトーヨーボール事件で特別少年院に2年いました。一生消えないことなので(自叙伝で)洗いざらい、懺悔も含め自分のすべてを書きました。」などと語っています。

自分の中で一生消えないからといって書籍を出版して金にする意味が全く不明です。それだけでなく、アクション映画の『アンダー・フェイス』に主演を担当するなど、芸能活動も開始しています。

他方で、柴田大輔は、広告代理店や芸能プロダクションなどの事業を行い、大金を稼ぎ、六本木ヒルズで暮らし高級外車を乗り回していたとされています。

トーヨーボール事件のその結果は、わずか18歳で命を奪われた被害者と、人の命を奪っておきながらたった2~3年の服役で社会に出てしかも表社会で悠々と生活をしている加害者、という暗いコントラストが鮮明になっています。

関東連合のその後

関東連合は、1973年に設立されましたが、トーヨーボール事件が発生した2000年から12年経ったのちに発生した「六本木クラブ襲撃事件」の結果、解体に追い込まれました。2014年時点ではほぼ壊滅状態にあります。

ただ、言い換えれば、トーヨーボール事件のような凄惨な事件を起こしただけでは、凶暴な集団は解体には至らず、その後14年もの間存続し続けていたということになります。

少年法の動向

少年法は、1948年という非常に古い時代に制定された法律です。20歳を超える成人と異なり、20歳未満の「少年」は、そもそも刑事処分の対象にならなかったり、少年院送致の対象にならなかったり、成人に比べ量刑が軽かったり、死刑の適用がなかったり、という多くの差が設けられています。

このように、少年に対する特別の措置を設けたのは、少年には「可塑性」がある、というコンセプトに基づいたものです。可塑性とは、簡単にいうと、柔らかい粘土のように、形を変えられることです。

少年はその精神の未熟さから、周りの環境に流されるなどして一時的な過ちを犯すかもしれません。しかし、その環境から解き放たれれば善意にあふれた人間に「変われる」可能性がある。その可能性は成人より高いので、そこを重視しよう、というコンセプトです。

これには異論が当然あり、トーヨーボール事件でも少年法のおかげで2~3年の服役で済んだことには、不満に感じる人もいます。これに加えて、少年法で話題になるのは、報道規制です。少年の場合、記事やニュースで氏名が報じられないのですが、それに対しておかしいと考える人は相当数にのぼります。

他方で被害者はその氏名が報じられてしまいますので、その不公平さについても物議を醸す原因となっています。

トーヨーボール事件の与えた影響

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以上のような凄惨な事件、しかも人違いという衝撃の事件がトーヨーボール事件です。この事件により、関東連合や少年法について疑問視する声が高まり、社会的な影響のあった事件と言えるでしょう。

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