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神戸連続児童殺傷事件の概要・犯人や被害者などの関連人物
2018年10月02日

神戸連続児童殺傷事件の概要・犯人や被害者などの関連人物

まだ、記憶に新しい”神戸連続児童殺傷事件”。この事件の残酷さや異常さは世界を震撼させただけではなく、少年法の是非が問われるきっかけにもなりました。この”神戸連続児童殺傷事件”を見返しつつあなた自身ももう一度少年法のあり方について考えてみてはいかがでしょうか?

神戸連続児童殺傷事件の概要

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神戸連続児童殺傷事件の発覚

1997年の5月27日早朝、神戸市須磨区の中学校の正門に、切断された男子小学生の頭部が放置されているのが通行人によって発覚されました。犯行後の遺体に対する常軌を逸した猟奇的な手口と、現場や新聞に送られた「挑戦状」によりマスコミの報道が過熱。その犯人像をめぐって様々な目撃証言や憶測を呼びました。

そして逮捕された犯人が当時14歳の『少年A』だった事が、大きな社会問題となりました。そして調べていくと少年Aの被害者は一人ではありませんでした。少年Aは数ヶ月に渡り、3名の小学生が重軽傷を負って、2名の小学生が死亡させる、連続した事件の犯人だったのです。

神戸連続児童殺傷事件の犯人の精神鑑定

神戸連続児童殺傷事件の犯人である少年Aは、ごく普通の家庭に生まれ育った少年でした。しかし三人兄弟の長男となった少年Aは、母から厳しく躾られ、強い叱責を受けるようになりました。周囲の人や医者などにも「厳しすぎる」と言われて母親も反省したのですが、その頃には自己主張をしない性格になってしまったそうです。

本来、少年事件の公判内容は公表されませんが、神戸連続児童殺傷事件では特別に精神鑑定結果が公表されました。それによると「脳そのものの機能に障害はない」「年相応の知性」「精神疾患や、多重人格障害はない」という結果が出ています。

しかし同時にこの犯行の動機に関わる部分では、「攻撃性と性衝動が結合したサディズム」が直接の原因で、「低い自己肯定感と乏しい共感力から来る虚無感と独善的な考え方」が原因の一つとしています。

神戸連続児童殺傷事件の犯行動機

神戸連続児童殺傷事件に及んだ直接の原因である「攻撃性と性衝動が結合したサディズム」について、少年A自身が事件の18年後に出版した手記に書かれています。それによると、神戸連続児童殺傷事件の犯人である少年Aが、初めての性に目覚めたのは小学校5年生の頃です。

最愛の祖母の形見である按摩器で自慰をした事で、「性」が「死」と「罪悪感」に結びついてしまった事だと語っています。その後、中学生になって祖母が遺した愛犬の死を経験しました。悲しみにくれる中、野良猫が愛犬の餌を食べるのを見て激昂し、猫を思わず殺害。その時に性的な興奮を覚えててしまった事で、「死」がそばにないと性的に満たされないようになってしまったのです。

少年Aは性的に満たされようとして野良猫を捕まえてきては殺すようになりました。しかしそれにも飽きてしまった少年Aは、ついに人間へとその魔手を伸ばしました。

神戸連続児童殺傷事件の流れ

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神戸連続児童殺傷事件 第一の事件

神戸連続児童殺傷事件の最初の事件は、1997年2月10日午後4時頃、路上で遊んでいた二人の小学生の女の子が、ゴムのハンマーで頭を殴られるというものでした。一人は軽傷で済みましたが一人は重症を負ってしまいました。

女の子から「犯人はブレザーと学生カバンを持っていた」と聞いた父親は、近隣の中学校に生徒の写真を見せて欲しいとお願いしました。しかし学校側は警察を通して欲しいと拒否しました。父親は警察へ被害届を出してから、再度お願いしましたが、結局生徒の写真が開示される事はありませんでした。

その後被害者の家族たちの要望で、事件の捜査は非公開となっていました。神戸連続児童殺傷事件発覚後、この事件での学校の対応は「事件を未然に防げたのではないのか」「犯人をかばった」と批判を受けることになります。

神戸連続児童殺傷事件 第二の事件

2月の事件で犯人が見つからなかったため、1ヶ月後、少年Aは再び凶行に及びます。神戸連続児童殺傷事件、第二の事件は3月16日の昼間に行われました。公園で遊んでいた小学校4年生の女の子の頭を金づちで殴り逃走しました。そしてすれ違った小学校3年生の女の子のお腹を、刃渡り13センチのナイフで刺しました。この間わずか10分の出来事でした。

金づちで殴られた女の子は頭蓋骨が陥没してしまい、意識不明の重体になりましたが一週間後の3月23日に死亡。ナイフで刺された女の子は、刃が胃を貫通したものの、静脈には達さずに奇跡的に一命をを取り留めました。この事件は報道されましたが、誰も犯人が少年Aであるとは思わなかったそうです。

そしてこの時逮捕されなかった事で、少年Aは警察を侮るようになり、いよいよ神戸連続児童殺傷事件の代名詞でもある第三の事件へと突き進んでいくのです。

不登校

神戸連続児童殺傷事件の第二の事件の後、少年Aの同級生が「あの犯人は少年Aだ」と言いふらしていました。5月13日、少年Aはその同級生を公園に呼び出し、時計を巻きつけた拳で殴って怪我を負わせました。これが原因で翌日に学校に父親が呼び出され、両親と相談の上5月15日から学校を休んでいました。この暴行事件は神戸連続児童殺傷事件のうちには入っていません。少年Aはこの休学を「聖なる儀式の為に学校を休んだ」と犯行ノートに書いています。

神戸連続児童殺傷事件 第三の事件

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5月24日の昼また衝動的に殺人をしたくなった少年Aは家を出ました。そこで弟の友達だった小学5年生の男の子を見つけます。男の子は何度か少年Aの家にも遊びに来ていて、顔見知りでした。少年Aは男の子が亀が好きな事を知っていたので、「亀を見に行こう」と言って秘密基地のあった山に誘い出します。そこで男の子の首を締めて殺しました。

この殺人は時間が掛かり少年Aは「満足感があった」と供述します。そして遺体を隠すためにホームセンターから金ノコギリと南京錠を万引きし、ケーブルテレビ施設の床下に隠します。その後、少年は何食わぬ顔で友人との待ち合わせ場所に向かい、遊んで帰宅します。母親から「男の子がいなくなった」と聞かされても「ふうーん」と返事をしただけでした。

神戸連続児童殺傷事件 発覚

男の子を殺したその日の夜、少年Aは今まで野良猫にそうしてきたように、男の子の首も切断しようと考え、翌日早速男の子の首を切り落としました。この時少年Aは、男の子の首と会話をしたと供述しています。

そしてその翌日も、首を観察しようと山に入りました。その時に警察の捜査を攪乱するために、あえて頭部を人目に晒すことを思いつきます。そこが少年Aが通う中学校の正門でした。少年Aは自宅に頭部を持ち帰り、風呂場で丁寧に洗います。そして自室の屋根裏部屋に隠しました。

そしてさらに警察の目を誤魔化すために、男の子の口の中に挑戦状を挟む事を思いつきます。そして5月27日の夜明け前、中学校の正門に頭部を置いたのです。

さあゲームの始まりです

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挑戦状の内容

さあゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君
ボクを止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
人の死が見たくて見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大怨に流血の裁きを

SHOOLL KILL
学校殺死の酒鬼薔薇

これは神戸連続児童殺傷事件の犯人である少年Aが、被害者の男の子の口に挟んだ挑戦状です。『SHOOLL KILL』は「SCHOOL KILLER」の間違い。酒鬼薔薇はサカキバラと読みます。

手紙はまた別の紙に包まれていて、その紙には『酒鬼薔薇聖斗』と書かれていました。当時はマスコミも警察も、この文字列の読み方も意味も分からず「さけ・おに・ばら」と読んでいたのですが、ジャーナリストの黒田清氏が「サカキバラ・セイト」という人名ではないのかと見解を示し、以降マスコミや世間でも人名として扱うようになりました。今でも神戸連続児童殺傷事件の事を「酒鬼薔薇事件」と呼ぶ人もいます。

発覚したその日

神戸連続児童殺傷事件が発覚した5月27日。まだこれが連続した事件の一部であるとは分かってはいませんでした。しかし史上類のない猟奇的な事件は瞬く間に広まり、少年Aもそのセンセーショナルな報道を見ていました。頭部は誰かに見つかるように置いたので当日に報道される事は想定内でしたが、その日のうちに胴体も見つかった事は想定外だったようで、「びっくりした」と後に供述しています。

しかし事件が報道される度に、警察やマスコミが提示する犯人像がいずれも「30代~40代の男性だろう」「不審な車の目撃情報」と少年Aとはかけ離れていたので、少年Aはまたも大胆な行動に出ます。神戸新聞社に新たな挑戦状を送る事を思いついたのです。

第二の挑戦状

神戸連続児童殺傷事件、第三の事件発覚から一週間経った6月4日、神戸新聞社に第二の挑戦状が届きました。赤インクでビッシリと書かれた内容には「酒鬼薔薇(さかきばら)」の読み方=存在意義に対する強いこだわりが書かれていました。「透明な存在」「義務教育への恨み」が綴られたこの内容について、少年Aは「報道されている30代~40代の犯人像からイメージした人物になりきって書いたので、僕自身の犯行動機ではない」と後に供述しています。

少年Aの文字は直線的で角ばった文字で、「筆跡を隠すために定規を使って書いたのではないか」と報道されるほど特徴的な文字でした。少年A自身も手紙を出すと筆跡鑑定でバレるのではと思ったようですが意図的に筆跡を変えるだけに留まり、警察の鑑定能力を甘く見ていました。

想定されていた犯人像

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有識者の見解

神戸連続児童殺傷事件が報道されたとき、有識者による様々な犯人像のプロファイリングがテレビや新聞で報道されました。

とある言語学者は挑戦状の難しい熟語は、漫画に出てくるようなもので、長文でありながら口語調の表現がない事から日常会話をしないのではないかと考え、犯人は「漫画やアニメをよく見る無口な人物」としました。

またとある弁護士は挑戦状の論理的な文章構成から「高度な教育を受けている」とし、とある作家は「難しい漢字を使おうとする発想を10代・20代はしないだろうし、逆にあえて難しい漢字を使おうとする所に30代らしい背伸びを感じる」と言いました。

また新聞社にも多数の意見が寄せられ、世間の一般人もその犯人像を推理していました。中には10代ではないかと言う人はいましたが、それがまさか14歳の中学生とは思っていなかったようです。

南京錠を買った二人の男性

神戸連続児童殺傷事件が発覚した3日後の5月30日。捜査線上に浮かび上がったのは金物店で、事件現場にあった南京錠と同型の南京錠を求めた男性でした。男性は30代半ばで、想定された犯人の年齢と一致していました。また近隣地域でも五月の初めに同型の南京錠を購入した30代から40代の男性がいた事が報道されました。

しかし少年A逮捕の5日前、6月23日の新聞で捜査本部はこの二人の男性は神戸連続児童殺傷事件とは無関係と発表しました。

不審なスクーター

神戸連続児童殺傷事件発覚の前日5月26日に、不審なスクーターが事件現場の山に入って行くという目撃証言がありました。スクーターを運転していたのは40代の男性でした。しかしこの男性自身が名乗り出たので、事件と無関係とされました。

6月7日の新聞ではまた別のスクーターを運転する不審な男性の目撃証言が掲載されました。頭部が中学校に置かれたとされる時間帯に、晴れているにもかかわらず雨合羽を着た男が、前かごから黒いポリ袋を落として走り去ったというものでした。また6月23日の新聞では、神戸連続児童殺傷事件発覚当日の5月27日早朝に、中学校の正門付近を猛スピードで走り去るスクーターが目撃されたと報道されました。

相次ぐ不審車の目撃情報

神戸連続児童殺傷事件発覚当初から、犯人は車を使用していたのではないかとされていました。それは被害者が不審な人物と一緒にいたという目撃情報がない事と、被害者の男の子がいつも乗っていた自転車を使っていないことから、犯人は車を使って拉致したのではないかと思われたからです。

神戸連続児童殺傷事件が発覚した5月27日の午前五時過ぎに黒い車が中学校の正門付近に止っていたという目撃証言があり、被害者の男の子が行方不明になった5月24日の昼過ぎには、被害者の自宅付近に不審な黒い車が止っていた事を、近隣の住人が目撃していました。また事件現場の山のふもと付近の市道では、事件前の5月22日と23日に不審な黒い乗用車が停車していました。

また同時に5月27日の早朝には中学校付近では白いワゴンも目撃されていました。マスコミ各社は神戸連続児童殺傷事件当時、この二種類の車の目撃証言を追っていたのです。

黒いポリ袋の男

神戸連続児童殺傷事件発覚の翌日から逮捕直前まで、マスコミが追いかけていたのは「黒いポリ袋を持った男」でした。5月28日の夕刊では、30代ぐらいの不審者が中学校の正門前で目撃された事が報道されました。その後も中学校付近でゴミ袋を持ってかがみこんでいる男性や、黒い袋を持った男の目撃証言が相次いだのです。神戸連続児童殺傷事件発覚した日はゴミの収集日ではないため不自然な状況で、捜査本部も強い関心を寄せました。

目撃証言はいずれも30代から40代の170センチの男性です。スポーツ刈りでがっしりとした体格で、事件現場の山付近でも目撃された不審な男性とも一致していました。捜査本部は男性を40人まで絞り込んだという報道もされ、テレビや雑誌では目撃情報からモンタージュ似顔を製作し、犯人探しを行なっていました。

神戸連続児童殺傷事件冤罪説

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犯人逮捕

神戸連続児童殺傷事件が発覚して、約1ヵ月が経った6月28日の朝、少年Aは任意同行されました。少年Aは始め容疑を否認していましたが、挑戦状と自身の書いた作文の「筆跡が一致した」と聞かされて声を上げて泣き、自供を始めました。

その日の夜7時5分、殺人及び死体遺棄の容疑で逮捕されました。そして二つの通り魔事件についても犯行を認め、7月15日に神戸連続児童殺傷事件の第一の事件と第二の事件で再逮捕。『神戸連続児童殺傷事件』の犯人がようやく逮捕されたのです。しかし逮捕されたのは想定していた30代から40代の男性ではなく、当時14歳の中学三年生の少年だった事に、日本中が震撼したのでした。

真犯人は別にいる?

さまざまな波紋を世間に投げかけた神戸連続児童殺傷事件ですが、当時から「冤罪」ではないのかという話が取りざたされていました。それは少年法によってどうやって犯人を調べたのかが非公開だった事と、さまざまな目撃証言やプロファイリングから「知能の高い30代~40代の男性」や「複数犯説」が当初から挙げられていた事にあります。

誰も14歳の少年だとは思わなかったからです。そしてついには「神戸連続児童殺傷事件の犯人を無実の少年Aにむりやり仕立て上げ、少年法改正をもくろむ政府が仕組んだ国家権力の犯行」と問題提起する団体まであらわれました。

しかしそれは少年A自身が「神戸連続児童殺傷事件は間違いなく僕がやった」と冤罪を否定していて、警察も「これが冤罪なら、警察という機関は成り立たない」と言っています。それでも今なお、神戸連続児童殺傷事件の犯人については、疑問の声を上げる人も多いのです。

真犯人は左利き?

神戸連続児童殺傷事件、第二の事件で小学4年生の女の子は、当初の警察の調べでは左手で握って水平に殴られたとされていました。よって犯人は左利きであると言われていましたが、少年Aは右利きです。また少年Aは「上から振り下ろした」と供述しているのです。

また前述した挑戦状も直線的で角ばった文字から、「犯人は左利きで、それを隠すために定規を使って右手で書いたのでは」と言われていました。また神戸連続児童殺傷事件第三の事件の被害者の男の子の首に残された手の跡は右手のものです。この事から神戸連続児童殺傷事件の犯人は左利き、もしくは左利きの共犯者がいるのではないかと、今も噂されています。

中学校の正門のどこに頭部を置いた?

神戸連続児童殺傷事件第三の事件で、少年Aは通っている中学校の正門の「鉄扉の中央付近に顔を道路側に向けて」頭部を置いたと供述しています。しかし周辺住民への聞き込み調査では、奇妙な事に頭部が置かれた位置がマチマチなのです。

5時30分に散歩で通りかかった老婦人は「学校名の看板の下」。6時30分に通りかかった新聞配達員は「校門の左端、東を向いて」、その10分後に頭部を発見して警察に通報した用務員は「校門の中央、東を向いていた」と証言しています。この証言が確かなら、犯人は6時40分まで現場にいて様子を伺い、何回も頭部を移動させている事になります。では少年Aはその時間まで現場にいたのかというと、そうではないのです。

頭部を正門に置いたのはいつ?

神戸連続児童殺傷事件第三の事件で、中学校の正門に頭部を時間を、少年Aは「午前1時~3時の間」「午前5時には母親が起きてきて、6時頃までまでには家族全員で朝食を取るので、その時間以降には有り得ない」と証言しました。しかし、周辺住民への聞き込みでは「午前5時~5時15分には頭部がなかった」と言われ、目撃証言は6時~6時40分に集中しています。

また少年Aは頭部を置いた場所は「正門の白壁の上に置いたが、座りが悪くおちたので、校門の中央の地面に置いた」と供述しています。白壁の上にはたしかに血痕が残っていたようですが、実はその高さは2メートル近くあり、160cm程度しかない少年Aが台もなく届いたのかという疑問も残ります。

プロファイルによる犯人像

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頭部がくわえていた挑戦状や、新聞社に送られた挑戦状から、神戸連続児童殺傷事件発生当時から「高い教育を受けた30~40代の男性」という犯人像が有識者から出ていました。また挑戦状の文章も詩的で文学性に富んだもので、大学生でも書くのは難しいだろうという評価を受けています。

少年Aの国語の成績は5段階中2であり、事件直前に書かれた学校の作文ではこういう複雑な言い回しや難しい漢字の使用は見られず、少年Aが書いたものとは思えないという意見もあります。

また、まだ「酒鬼薔薇」の読み方が明確ではない頃には「酒鬼は中国語で大酒飲みという意味のスラング」「殺死は、中国語で首を切って殺すという意味の動詞」という見解も発表されました。この事から真犯人は知能が高い人物、もしくは知能の高い共犯者がいるのではという声が多く出ました。

筆跡鑑定は証拠として不十分だった

少年Aが神戸連続児童殺傷事件を自白したきっかけとなった筆跡鑑定ですが、実は十分な確定材料ではなかったのです。鑑定結果では「類似点は多いが同一人物であるかどうかの判断は困難」とされていたのです。しかし警察は少年Aに「一致した」と嘘をついて自白を促しました。

これは後に少年も「騙された」と言って泣き出したと言われ、逮捕した警察官や検察官は「特別公務員職権濫用罪」として裁判沙汰にまで発展しています。また当時少年Aの裁判を行った裁判官も、少年Aの自白以外は神戸連続児童殺傷事件の犯人である物的証拠は何一つ無かったと認めているのです。

他にも少年A自身が供述する殺害方法の不自然さや、少年Aの両親の神戸連続児童殺傷事件当日の証言を踏まえて、様々な理由で冤罪説や複数犯説が取り沙汰されています。

冤罪説は本人が否定

これらの冤罪説は、ネット上の言説だけでなく、地位のある弁護士も主張する説ではあります。しかし神戸連続児童殺傷事件のあった当時、面会に来た母親から「冤罪という事はないの?」と聞かれてキッパリと「それはない」と少年Aは主張しました。また神戸連続児童殺傷事件から、18年経ってから発表された少年A自身の手記にも、犯行の様子が綴られていています。そ

こには冤罪についての記述は一切ありません。その後少年Aを名乗る人物が立ち上げられたサイトでも「冤罪と言われてもピンと来ない」「興味がない」と綴られました。数々の疑問は残り、冤罪という可能性はありますけれど、それを今現在支持するという人は少ないのではないでしょうか。

神戸連続児童殺傷事件の関連人物と行動

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少年Aの本名は東慎一郎

神戸連続児童殺傷事件の当時の少年法の対象年齢は「未成年」でした。加害者の顔写真や氏名、住所はもちろんの事、犯行の内容や裁判の様子、調査結果やどんな処分が下されたのかのも、被害者の家族にすら非公開だったのです。マスコミの報道でも神戸連続児童殺傷事件の犯人は「少年A」とだけしか報道しませんでしたが、少年Aが逮捕された5日後に発売された写真週刊誌「FOCUS」で少年Aの顔写真と本名が公開されました。

賛否両論でしたが、世間では話題になり多くの人が神戸連続児童殺傷事件の犯人少年Aの顔と本名である「東慎一郎」という名前を記憶に刻みました。少年Aこと東慎一郎は異例の措置として法的に名前を変えられました。両親の名前も元の名前も一文字も使っていない、全く新しい名前で今もどこかで暮らしています。

殺人鬼が育ったのは母親の教育のせいなのか?

神戸連続児童殺傷事件以降、加害者の家族も激しいバッシングを浴びました。中でも母親に対しての報道が厳しく、「母親の教育・しつけが原因だ」と言われていました。しかしその教育方針は「他人に迷惑をかけない事」「人に優しくする事」が主のごく普通のものでした。

躾が厳しいと言われ、強く叱る事もあったようですが、虐待とまではいかないもので、母親自身ものちに反省して改めています。少年A自身も後年に書いた手記には「母親のしつけは、集団生活で恥をかかないためのもの」「叱られるのが怖くて祖母の部屋に逃げ込む事もあったが、一般常識を逸したものではない」と理解をしています。それどころか母に対する当時の報道について怒りを感じていると書いています。

少年Aの両親や兄弟

神戸連続児童殺傷事件当時から、両親や家族間の交流に何かしらの問題があったのではないか、とされていましたが、少年Aの親や少年A自身の手記にも書かれている内容は、夕食は家族全員揃ってたべて会話をし、誕生日には毎年プレゼントを贈り、犬や亀を飼うなどの経験をする、ごく普通のサラリーマンの家庭そのものでした。

神戸連続児童殺傷事件後、鑑別所にいる少年Aと初めて面会したとき、母親は「ちょっと痩せたね。ちゃんと食べてるのか」と気遣い、父親は「どんな事をしても、お前は俺たちの息子だ」と声をかけました。

神戸連続児童殺傷事件から三年後、少年Aの二人の弟も面会に来ました。その佇まいだけで少年Aも弟たちの苦労が分かりました。「僕のせいで苦労をかけた」と謝罪した時、弟たちは「Aを恨んだことは一度もない」と話したそうです。

被害者や遺族の傷は今も癒えない

神戸連続児童殺傷事件の概要・犯人や被害者などの関連人物
しかし、神戸連続児童殺傷事件で一番苦しい思いをしたのは、被害者とその家族である事は言うまでもありません。

神戸連続児童殺傷事件の第二の事件でナイフで刺され、一命を取り留めた女の子は今は大人になっていて看護師として立派に働いていますが当時からフラッシュバックに悩まされ、今でも鮮明に事件当日のあの瞬間を覚えていると言い、「加害者に望むことは、二度と事件を犯さないで欲しい」と語りました。

ハンマーで殴られて死亡した女の子の母親も、神戸連続児童殺傷事件の後手記を発表し、お兄さんも事件から20年経って初めてインタビューに応え、「今は何も思わない。憎んだところで妹は帰ってこない」と胸の内を語りました。神戸連続児童殺傷事件の第三の事件の被害者の両親やお兄さんも、手記を発表したりたびたびインタビューに応じたりしてやりきれない胸の内を吐露しています。

神戸連続児童殺傷事件のその後

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被害者遺族たちに立ちはだかった少年法

神戸連続児童殺傷事件当時の少年法適用は「18歳未満」でした。少年法が適用されると裁判は全て家庭裁判所の管轄となり、捜査内容や裁判の様子や結果は一切非公開となります。それは報道関係に対してだけでなく、被害者遺族に対しても同じように非公開とされるのです。

つまり神戸連続児童殺傷事件の被害者遺族は、少年Aの裁判に立ち会うことができなかったのです。それどころか我が子がどれほど苦しんだのか、最期になんと言ったのかすら知ることを許されませんでした。少年Aにどのような処分が下されるかも知らされないのです。

神戸連続児童殺傷事件の遺族は、弁護士とともに少年法と戦わなくてはなりませんでした。

裁判官の異例の処置

神戸連続児童殺傷事件の被害者遺族と弁護士は、まず神戸連続児童殺傷事件を担当した裁判官に、「神戸連続児童殺傷事件の調査結果と精神鑑定結果の開示」を要求しました。しかしそれは少年法では加害者の弁護士にのみ許されているので、拒否されました。

次に要求したのは「被害者遺族に裁判で意見を述べさせて欲しい」という事でした。しかしそれも少年法では許可されません。加害者少年を退場させてから意見を述べさせてくれという要求も却下されました。それでもめげずに粘り強く交渉した結果、ついに「裁判所ではなく判事室で、裁判官が遺族に会って話を聞く」という事になったのです。これは少年法の穴をついた画期的な方法でした。

その後の裁判結果も「社会的な事件のためマスコミに憶測で報道させずに正確な情報を報道をしてもらう為」という理由でマスコミに公表し、被害者遺族はマスコミを通じて知る事になります。

少年法の改訂

神戸連続児童殺傷事件というあまりに猟奇的かつ凶悪な事件を起こした少年Aですが、少年法が適応され刑事事件には問われず、また刑事処分が下されるのは当時は16歳以上だったため「保護処分」とされました。よって神戸連続児童殺傷事件を起こした少年Aには実刑判決が下されず、「更生のための入院」という処置が下されたのです。

この処置は世間だけでなく政府にも波紋を呼び、神戸連続児童殺傷事件から三年後の2000年に少年法が改正されました。刑事責任が問えるのは14歳以上と引き下げられ、刑事裁判にかけられる事になりました。成人における死刑に相当する刑罰に無期懲役、無期懲役相当の刑罰には20年以下の懲役と改正されたのです。

マスコミの報道

神戸連続児童殺傷事件で波紋を呼んだのは法律だけではなく、マスコミの報道も問題視されました。神戸連続児童殺傷事件は今まで類を見ない事件だったため、加害者家族だけでなく被害者遺族も好奇な視線に晒されました。特に猟奇的だった神戸連続児童殺傷事件第三の事件の被害者遺族は犯人逮捕の日まで執拗に追い回され、カーテンを開けられない日々が続いていました。中には神戸連続児童殺傷事件第三の事件の被害者である男の子の父親が犯人だという心無い憶測すらされたのです。

犯人が逮捕されて処分も受けて、神戸連続児童殺傷事件が「解決」した後も、被害者遺族たちには解決は訪れません。興味本位で報道するマスコミに傷つけられ、「神戸連続児童殺傷事件」の話題を目にするたび耳にするたびに、癒えない傷をえぐられたのです。

ホラーやバイオレンス描写の規制

神戸連続児童殺傷事件を受けて世間ではバイオレンス描写のある映画やマンガ、ゲームなどを規制すべきだという声が高まりました。「小学生が読むような漫画でも、人が死ぬ描写があるのは問題だ。人の命を軽く見るようになるのないか」「テレビゲームは相手を殺して自分が強くなるというシステムなので、恐ろしい」という意見が寄せられました。

しかし一方で規制は必要ないとする意見も多くありました。「ホラーやバイオレンス描写の愛好家が全員殺人を犯すわけではない」「表現の自由だ」「国や政府が規制するのではなく、親がチェックすべき事」という意見が寄せられたのです。

この構図は神戸連続児童殺傷事件から20年経った現在も何か問題が起こるたびにやり取りされる問題提起です。少年法と共に表現の自由についても考えていく必要があるでしょう。

神戸連続児童殺傷事件に関する本

彩花へ—「生きる力」をありがとう—

神戸連続児童殺傷事件、第二の事件で少年Aにハンマーで頭を殴られて亡くなってしまった当時10歳だった女の子のお母さんが発表した手記です。神戸連続児童殺傷事件の起きた1997年の12月に出版されました。愛娘と過ごした10年と、理不尽に奪われた絶望。そこから希望を見出し、生きようとする母の心情が綴られています。

愛娘のちょっとしたエピソードからは愛が溢れ、憎いはずの加害者の少年に哀れみすら抱く強い母性に多くの人が心を打たれました。

彩花ちゃんへの愛情、そして生への信頼。何度読み返しても、著者の言葉の深さ、重み、普遍性に打ちのめされる思いがする。少年犯罪の被害者という枠組みを超えて、すべての人の生き方、困難への向かい方に示唆を与える本。

出典: https://www.amazon.co.jp/dp/4309406580?_encoding=UTF8&isI... |

こちらは神戸連続児童殺傷事件第三の事件の被害者である男の子のお父さんが発表した手記です。神戸連続児童殺傷事件の翌年に出版されました。幼い息子との思い出。突然奪われた日常の絶望と戦った日々について語られています。少年法の壁との戦いやマスコミの対応など、神戸連続児童殺傷事件を通じて明らかになった法律の不備を、広く世間に問いかけている内容となっています。

最愛の我が子を残酷な犯行によって奪われるという悲痛な体験をした後に、相当な覚悟を持って書かれたこの本は、少年事件を考える上で是非皆さんに読んでいただきたいです。

出典: https://www.amazon.co.jp/dp/410133031X?_encoding=UTF8&isI... |

淳 それから

神戸連続児童殺傷事件から8年がたち、神戸連続児童殺傷事件第三の事件の被害者である男の子のお父さんが再び執筆した手記です。この頃は少年Aは保護観察を終え、社会復帰を果たしました。しかし息子は帰ってきません。少年Aは本当に更生したのか? 償うというのはどういうことなのか? ということを再び世間に問いかけます。神戸連続児童殺傷事件被害者遺族の戦いはいつまでも続くのです。

事件からもうだいぶ経つ、と思っているのはやはり関係ないからであって、被害者家族にとって、このような痛ましい事件はいつまでもいつまでも消える事も癒される事もないんだなと実感。

出典: https://www.amazon.co.jp/dp/4104265020?_encoding=UTF8&isI... |

「少年A」この子を生んで—父と母悔恨の手記—

神戸連続児童殺傷事件から2年後、加害者の少年Aの両親が発表した手記です。神戸連続児童殺傷事件だけでなく少年犯罪が起こったときにまず注目を集めたのはその家庭環境です。なのでこの手記も世間から注目を浴びました。そして寄せられた書評の大半は「批判」でした。

綴られているのはごく普通の家庭であり、少年Aとのありふれた思い出と神戸連続児童殺傷事件後の苦労が書かれていて、そこが「言い訳だ」「自己弁護だ」と強く避難されています。しかし本に描かれている我が子の「闇」にオロオロし、戸惑い、信じるあまりに真実から目を背けてしまった弱くて脆い姿に「ごく普通の親である」と感じ、自分自身を重ねる読者も少なからずいました。

ご両親はごく普通の方だと思った。
教育がどうだとか、そんなことは関係ない。
生まれた子供が、たまたま異常者だっただけです。

出典: https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E5%B0%91%E5%B9%B4A%E3%... |

絶歌

神戸連続児童殺傷事件の犯人である少年Aを名乗る人物が、事件から18年後、2015年に発表した手記です。発表当時から今にいたるまで批判されています。まず被害者遺族から手記などを発表せず、静かに暮らすことを約束したにも関わらず、その約束を破って出版されたからです。そしてその内容も反省をしているようには見えず、自己陶酔に浸っていると言われています。被害者遺族には発表後に、本と手紙が送られてきただけでした。

またこの手記の発売後に立ち上げられたサイトの内容も、とうてい更生しているとは思えないものでした。この手記の発表に関して被害者遺族は「うちの子は二度殺された」とインタビューに答えています。

元少年Aは本の中で、自分の感じる心象風景を凝った比喩(とてもいいものも、すごく駄目なものもある)で表現したり、自分の人格や事件の核心について人ごとのような言い方で分析したり、事件の起こった時代性を紋切り型の批評で決めつけたりする部分がある。
そういう文章を表面的に見れば、反省が足らないとか元少年Aの気持ちの悪い甘い自己愛とか、そういう感想になるのかもしれないが、私は逆に「離人症的」にしか自分や世界を見る事が出来ない彼の病理を深く感じた。

出典: https://www.amazon.co.jp/%E7%B5%B6%E6%AD%8C-%E5%85%83%E5%... |

二度と同じ悲劇が起こらないために

神戸連続児童殺傷事件の概要・犯人や被害者などの関連人物
神戸連続児童殺傷事件を調べるにあたり供述や手記を読むと、被害者の家族はもちろん加害者の家族もごくありふれた家庭そのものであるという事がわかります。そして加害者の少年Aは自身の手記にもあるように「生まれつき異常」だったのでしょうか。精神鑑定結果や手記にある「性的サディズム」も、その初期段階においては性に未熟な十代前半の子どもが陥ることもありえる状況なのかもしれません。

子育てはその最中では何が成功で何が失敗かはわかりません。後で思い返して「あの時こうすれば」と後悔しないためにも、思春期の子どもがいる家族は一度神戸連続児童殺傷事件を通して性とはなにか、命とはなにか、人を殺すとはどういう事かを話し合ってみてはいかがでしょうか。

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