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2018年10月02日

フライデー襲撃事件は東が首謀者?つまみ枝豆はなぜ外されたか・真相

忘れられないフライデー襲撃事件。1986年に起こった暴力事件ですが、「フライデー襲撃事件って何?」という方は必見です。お笑い芸人の魅力だけでないビートたけしの魅力をご存知ですか?フライデー襲撃事件によって明らかになったビートたけしの人柄についてご紹介します。

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フライデー襲撃事件の概要

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週刊誌にとってゴシップ記事というのは売り上げを大きく左右するものです。ゴシップ記事が面白ければ面白いほど週刊誌やその記事の価値が上がります。

面白いゴシップ記事では芸能人のプライバシーに関わることが多く扱われています。芸能人の日常はベールに包まれており、一般人には知る由もありません。知りえない情報だからこそ、芸能人のプライベートの話には興味を持つ人がたくさんいるのです。ゴシップネタとなる芸能人が有名であればあるほど、売れっ子であればあるほど、記事の価値が高まります。

フライデー襲撃事件は、週刊誌フライデー(講談社)がある芸能人によって襲撃された事件です。その芸能人が超・売れっ子だったため、それもまた大きな波紋を呼びました。

超・売れっ子芸能人VS週刊誌フライデー

フライデー襲撃事件の主人公は、ビートたけしさんです。当時、ビートたけしさんの愛人である専門学生に、週刊誌フライデーの記者が行き過ぎた取材をしたことがきっかけで襲撃事件が起きました。当時の愛人であった専門学生に対してフライデーの記者は手をつかんで引っ張ったり、テープレコーダーを顔に突きつけるなど執拗な取材によって全治2週間のケガを負わせたのです。

それまでにもビートたけしさんは家族や愛人の写真を週刊誌に掲載されていたという経緯もあり、ついに彼は動きました。ビートたけしさんは、こちらにも「大切なものを守る権利がある」と1986年12月、講談社に乗り込んだのです。

フライデー襲撃事件の着火剤

フライデー襲撃事件を起こすにあたって、ビートたけし(以下、敬称省略)はたけし軍団を11人呼び寄せました。フライデー襲撃事件の直前に「絶対に暴力だけは使うな」と軍団員に指示を出していました。しかし、講談社側の行き過ぎた挑発的な言動によってたけし軍団が飛びかかってしまったのです。講談社側の記者が「どうぞ殴ってください。これも記事にしますから」とビートたけしやたけし軍団員を挑発したのです。

この挑発的な態度や発言によって消火器を噴射させるなど大乱闘へ発展しました。フライデー襲撃事件では講談社側の人間に肋骨を骨折するなど5名の負傷者が出てしまい、その後駆け付けた警察官にビートたけしは現行犯逮捕されました。

この一連の事件がフライデー襲撃事件です。

ビートたけしという男

芸名:ビートたけし
本名:北野武(きたのたけし)

日本の芸人。漫才から芸能界での道をスタートし、現在は俳優、映画監督としても活躍しています。フライデー事件の当時、ビートたけしは超売れっ子芸人で39歳。当時の愛人は21歳でした。

ビートたけしのギャグと言えば、体操選手のハイレグを揶揄した「コマネチ!」が有名ですが、他にも標語をもじった「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」というのもあります。今では数多くの著書を出版しており、お笑い芸人の枠を超えた存在です。

フライデー襲撃事件でつまみ枝豆が外された理由

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たけし軍団には、様々な芸人がいて、ビートたけしを親分として慕っていました。その中でも特筆してビートたけしを慕っていたのがつまみ枝豆です。

しかしつまみ枝豆はフライデー襲撃事件の襲撃メンバーにはいませんでした。本来なら、ビートたけしの一大事には何が何でも駆け付けるのがたけし軍団というもの。主力のたけし軍団員ならなおさら、フライデー襲撃事件の特攻隊として突撃していることが容易に想像できます。しかしつまみ枝豆はフライデー襲撃事件の現場にはいなかったのです。

主力のたけし軍団員のうちフライデー襲撃事件の現場に呼ばれなかったのは井出らっきょ、ラッシャー板前、つまみ枝豆の3人です。井出らっきょとラッシャー板前は正当な理由があってフライデー襲撃事件の現場には行けませんでした。しかし、つまみ枝豆はビートたけしの判断によってフライデー襲撃事件の現場に呼ばれなかったのです。

ではどうしてつまみ枝豆はフライデー襲撃事件の現場に呼ばれなかったのでしょうか。

つまみ枝豆という男

芸名:つまみ枝豆
本名:青木隆彦

つまみ枝豆は、ガタルカナル・タカに誘われてコンビを組み、芸能界入りしました。ビートたけしとの出会いでたけし軍団に入団し、しばらくの間ビートたけしの付き人をしていました。

つまみ枝豆には元々暴走族や右翼団体「防共挺身隊」に所属していた過去があります。仲間らと共に地元の市役所に押しかけたり、木刀を持ってソ連領事館を襲撃したこともあります。右翼時代には逮捕され服役経験も持つ、たけし軍団きっての武闘派です。

フライデー襲撃事件の直前に「暴力だけは使うな」と軍団員に指示していたビートたけしは、つまみ枝豆の気性を考慮し、あえてフライデー襲撃事件には呼ばなかったのです。つまみ枝豆をフライデー襲撃事件に連れていけばただ事ではなくなるかもしれない、そうビートたけしに感じさせるほどの男だったのです。

現在は結婚していて、奥様は元フリーアナウンサーの江口ともみさんです。現在のつまみ枝豆しか知らない人は、その写真から溢れる温厚さに過去の彼の姿は想像もできません。しかし、若かりし頃のつまみ枝豆は地元でも有名なワルでした。

フライデー襲撃事件後、命をかけようとした?

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フライデー襲撃事件の襲撃メンバーには呼ばれなかったつまみ枝豆は、フライデー襲撃事件の事後に事実を知ることになります。つまみ枝豆はビートたけしの付き人を何年も勤め、つまみ枝豆にとってビートたけしは恩人でもありました。

その恩人であるビートたけしが講談社によって傷つけられたとなれば黙っていられず、ビートたけしのためならもう失うものは何もないとつまみ枝豆は単独でフライデーに奇襲をかけようとしていたのです。

「記者会見の場に乗り込めば、あいつら(フライデーの記者たち)がいる」。記者会見の場に直接乗り込んで目にものをみせてやろうと息巻いていました。

必死の防御

つまみ枝豆はビートたけしを慕い、ビートたけしに何かあったときには絶対に駆け付けて力になりたいと潜在的に思っていたわけですが、ビートたけしも彼のその思いを理解していました。つまみ枝豆のことだから何か行動を起こすに違いないと予測し、なんとしても阻止せねばならないとビートたけしは思いました。

しかし、フライデー襲撃事件の現場で警察官に現行犯逮捕されたビートたけしは拘置所の中。彼はどうやってつまみ枝豆を止めたのでしょうか。

間一髪で思いとどまる

拘置所に入れられ取り調べを受けていたビートたけしは、取調官に必死に頼み込み、電話をかけさせてもらうことに成功しました。そう、その電話の相手がつまみ枝豆です。

「枝豆、悪い。お前らのことは一生俺が面倒見るから、勘弁してくれ。だから今は動かないでくれ。」

つまみ枝豆がなにか行動を起こそうとしているのを、電話で制止したのです。ビートたけしからの電話によって何とか行動を起こさずに思いとどまりましたが、タイミングが少しでもずれていたら昔から地元でも有名な不良だったつまみ枝豆です。大惨事となっていたかもしれません。

つまみ枝豆の後日談

後に、「僕は、たけしさんしか見えない人間であったので、何かあったときは、カッコいい言い方じゃないんだけど、体を張ろうかなとかって思うわけじゃない。もう死んでもいいやって変な話だけど思ってた」と語っています。

つまみ枝豆は何年間もビートたけしの付き人を勤め上げ、ビートたけしへの尊敬や服従は絶対だったに違いありません。ビートたけし本人から直々の電話によって衝動的な行動を抑えたつまみ枝豆でありました。

参戦したくない男

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フライデー襲撃事件を起こすにあたって、実はビートたけしに呼び出された主力軍団員の中で行きたがらない人がいました。それが、そのまんま東(現・東国原英夫)です。ビートたけしのたけし軍団ですから、ビートたけしの有事には何があっても駆け付けるのが義理でしょう。しかし、そのまんま東はフライデー襲撃事件への参加を渋っていたのです。

では、どうしてそのまんま東はフライデー襲撃事件への参加を渋っていたのでしょうか。実は当時、そのまんま東は推理小説を執筆しており、講談社の江戸川乱歩賞の受賞を狙っていました。江戸川乱歩賞というのは、推理小説界における最高峰の賞で、それを主催しているのが講談社なのです。フライデーは講談社の週刊誌で、そこに奇襲をかけるのは講談社に歯向かっていくのと同じです。

「講談社だけは何とかならないでしょうか。文芸春秋社じゃだめでしょうか」と、そのまんま東はビートたけしに懇願しました。

しかし芸能界での先輩・後輩という立場もあり感情が高ぶっているビートたけしを抑えることができませんでした。当然そのまんま東の、講談社には喧嘩を買いに行きたくないという願いは無視されフライデー襲撃事件に加担することになります。

そのまんま東という男

芸名:そのまんま東
本名:東国原英夫

たけし軍団の一員で、元衆議院議員。専修大学を卒業。大学卒業という高学歴ながら、社会人入試で早稲田大学に入学し卒業。芸能人として顔も名前も売れてきたのちに、再度早稲田大学に入学。二度目の早稲田大学では政治についての専攻で、のちの政治活動につなげていきました。

また、第17代宮崎県知事も務めた異色の経歴を持っています。宮崎県知事時代の活動では、宮崎県を戦略的かつたくみにアピールし、宮崎県の知名度を一気に引き上げました。現在は政治活動家としてテレビなどに出演し、活動しています。

東の憶測

フライデーのフロアは、講談社ビルの階上にあり、フライデーに直談判するためにはエレベーターに乗る必要がありました。フライデー襲撃事件への参加者はビートたけしを含めて12名。常識的に考えて、全員が一緒にエレベーターに乗ってフライデーのフロアまで行くでしょう。しかし、フライデー襲撃事件への参加に乗り気でなかったそのまんま東は最後まで不参加を諦めていませんでした。

フライデー襲撃事件への参加者にはグレート義太夫もいました。エレベーターは定員9名、積載重量は600キロです。グレート義太夫は体重120キロ。しかもフライデー襲撃事件への参加者は、エレベーター定員オーバーの12名。これらを考慮に入れると全員が一度にエレベーターに乗り込むことは不可能だろうと考えたのです。

そして、そのまんま東は他の団員たちを先にエレベーターへ誘導し、自分は最後までエレベーターには乗りませんでした。このまま重量オーバーのブザーが鳴れば、不可抗力でフライデー襲撃事件には参加できなくなると考えたのです。

ビートたけしの眼力

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ビートたけしからフライデー襲撃事件への参加を呼びかけられていたそのまんま東は、相手が講談社だと知ったときから参加したくなかったわけで、ビートたけしに参加したくないと申し出たのです。ビートたけしに不参加を拒否されましたが、そのまんま東はなんとか不参加のまま事が済まないかと考えていました。

そのまんま東を除く11名が、定員9名のエレベーターに乗り込むと、そもそも定員オーバーである上に体重120キロのグレート義太夫の体積も相まってエレベーターはぎゅうぎゅう詰めでした。

今にも重量オーバーのブザーが鳴りそうだが、待てども待てどもブザーは鳴りません。いつまでもエレベーターに乗ろうとしないそのまんま東に、ビートたけしは「お前、逃げる気だな」と突っ込みました。そのまんま東の策略は見事に破られ、とうとうフライデー襲撃事件に参加させられることになりました。

フライデー襲撃事件は東が首謀者?

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「お前、逃げる気だな」そう言い放ったビートたけしはさらにこう続けました。「東、早く乗れよ」。

そのまんま東の策略は失敗し、エレベーターに乗ることになります。そのまんま東の予想では、遅くとも自分がエレベーターに乗った後に重量オーバーのブザーが鳴り、仕方なく自分だけが降りることになっていましたが、その予想に反してエレベーターのブザーは鳴らずにドアが閉まり、発進しました。

目的のフロアに着くとドアが開き、さきほど最後に乗ったそのまんま東が先頭を取る形で出てきました。ビートたけしへの義理や人情からフライデー襲撃事件に参加したかったわけでもなく、できることなら参加したくなかったそのまんま東ですが、エレベーターのドアが一つであるという構造と、渋って最後まで乗らなかったという流れで先頭に立つことになったのです。

そのまんま東が首謀者ではないかと報道されたのは、まさに運命のいたずらでした。

フライデー襲撃事件後の記者会見について

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フライデー襲撃事件によってビートたけしは現行犯逮捕されました。人気絶頂のお笑い芸人が突然の逮捕となれば大ニュースです。世間を笑わせてくれていたコメディアンの逮捕によって、これまでのイメージが崩れ去り大変な騒ぎになりました。判決がまだでていない状態でしたが、先に報道陣に向けての記者会見が行われました。

フライデー襲撃事件後の記者会見でビートたけしは「『言論の自由だ』ということでフライデー側から今回のような行動に出てきたことに対して、こちらにも『大切なものを守る自由がある』ということで行動に出たが、その際暴力行為があったことと、たけし軍団を一緒に連れていったことには反省している」と述べています。

フライデー側は、行き過ぎた取材であってもそれを言論の自由だとし、ビートたけしは愛人が傷つけられたことに対して守る権利があると主張しました。

フライデー襲撃事件によって引退しなかった理由は?

フライデー襲撃事件によってお笑い芸人が暴力事件で逮捕され、お笑い芸人としての面白おかしいイメージを崩してしまう事態となりました。フライデー襲撃事件によって大打撃を受けたかに見えるビートたけしに、引退するのではないかという引退説も囁かれました。

しかし芸能界を引退して一般人になると、報道されなくなります。一般人になって姿を消せば、報道されないかわりにフライデー襲撃事件も闇に葬られ、暴れ損になってしまします。

フライデー襲撃事件によって残した爪痕を消されないためには芸能界で生き残るしかありません。引退せずに芸能界で活動し続けることによって講談社と共に表の舞台に存在し続けなけでばならないのです。そのことに対しては「軍団も事務所もテレビ局も巻き込んでしまった以上、今は逃げるわけにはいかない」と回答しました。

お笑い芸人として子どもたちからも支持されていたビートたけしは、子どもたちに向けて「自分で守るしかないが、やり方は間違えるな」というメッセージを発しました。そして「これからも大切なものは守る」という言葉で締めくくりました。

どんなヒーローでも

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フライデー襲撃事件後の記者会見で、ビートたけしがたけし軍団を11名引き連れていったことに対して記者から「一人で行くという選択肢はなかったのか?」という質問がありました。ビートたけしは「一人で行くのはおっかなかった」と潔く素直な心情を表に出しました。

どんなヒーローでも敵と戦うときは複数です。テレビ番組で子どもたちに夢を与える戦隊ヒーローでも、一人で複数の敵と戦うことはしないでしょう。必ず仲間がいるのです。愛人を守りたかったビートたけしも、仲間を引き連れて戦いに行ったのです。

フライデー襲撃事件裁判・判決後の記者会見について

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フライデー襲撃事件ではけが人が出てビートたけしが逮捕され裁判が行われました。フライデー襲撃事件から6か月後、ビートたけしに下された判決は懲役6か月、執行猶予2年でした。

執行猶予付きの判決を下されたビートたけしは記者会見で次のように語りました。

「判決は重たいと思っているが、受け止めて刑に服す。6か月も過ぎたので自分の中でくだならいことをしたと思っている。今後は皆様にお任せする」

これまでに家族のプライバシーを傷つけてきたうっぷんが溜まっていたところに愛人への全治2週間のけが。さまざまなことが重なってフライデー襲撃事件を起こしてしまったのです。そのことを反省していると語っています。

また、「出版社も生活のためにやったことで、相手の記者もよく知っているやつだったからショックだったが、彼も生活のために上から言われてやったこと。買うやつがいるから雑誌を作るものがいて、今は出版社の責任は40%くらいだと思っている」と記者や出版社について擁護する場面もありました。

ビートたけしの心境の変化

フライデー襲撃事件直後の記者会見では、結果として暴力事件になってしまったこととたけし軍団の人たちを巻き込んでしまったことについて反省の意を述べていましたが、フライデー襲撃事件裁判の判決後に行われた記者会見では心境が変わっていたようです。判決後の記者会見の場では自分の行動についての反省と出版社の立場を推し量るような言葉を口にしていました。

フライデー襲撃事件が起きてから裁判の判決が下されるまで約6か月間ありましたが「6か月の間、外に行くときは今までの数倍の神経を使った」と記者会見の場で話しています。また、フライデー襲撃事件を起こしてしまったあとその責任の重さについて「実刑になったとしても行った」とも語っています。

記者からの質問

週刊誌による行き過ぎた取材への報復として「世の中には、よくやってくれたと思っている人がいるが、あくまでも自分自身の問題で自分自身のためにやったことである」とビートたけしは続けました。

たけし軍団を引き連れて行ったことに対しては「事前に軍団員にやれとは言っていないが、やれと言ったことになった」と述べています。

フライデー襲撃事件に加担したたけし軍団員たちの今後の仕事に悪影響があるのかについては「軍団の生活は守る」と淡々と記者の質問に対して答えていました。

たけし流・総観

トピック203/要素6791
ビートたけしはフライデー襲撃事件を「誰も得しなかった事件」として総観を述べました。売り上げ部数を伸ばすために面白い記事を書こうとやっきになり行き過ぎた取材をしてしまった記者。愛人への暴力的取材に怒りが抑えられず結果として暴力事件を起こしてしまったビートたけし。講談社主催の栄誉ある賞を取り損ねたそのまんま東。

講談社主催の江戸川乱歩賞についてはフライデー襲撃事件に加担していなかったとしても受賞できていたのかは不明瞭なところですが、当事者たちには何も得が残らない、誰も儲からない事件となりました。

儲かったのは誰?

しかし、フライデー襲撃事件一連の報道によってスポーツ新聞の売れ行きはかなり伸びたのでしょう。「スポーツ新聞社は何億も儲けたのだから、講談社にいくらか持っていってほしい」とお笑い芸人のビートたけしならではの笑いを取る場面も。最後に、自分自身がおごっていたと反省の弁を述べて記者会見の幕を閉じました。

フライデー襲撃事件の当事者・記者

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フライデー襲撃事件の当事者は、執拗な取材をしてビートたけしの愛人に全治2週間のケガを負わせたのですが、その記者はビートたけしと面識のある人物でした。

その人物はもともと週刊誌フライデーの記者ではなく「GORO」(ゴロ―・小学館)という雑誌の記者でした。雑誌「GORO」の記者時代にビートたけしについての記事を何度か扱ったことがあり、そのことを買われてフライデーから引き抜きされた記者だったのです。ビートたけしが人気絶頂の芸能人であったことで、ビートたけしの記事を扱ったことのある記者の価値は週刊誌フライデーにとっても大きいものでした。

フライデー側の企み

フライデー襲撃事件の当事者となったその記者は、ビートたけしにフライデーに移籍したことは伝えず、あくまでも「GORO」の記者としてビートたけしへの取材を続けていました。

「GORO」とは男性向けの雑誌で、グラビアや女性についての記事など若い男性をターゲットにした雑誌です。週刊誌フライデーとはターゲット層も違うので、このまま「GORO」の記者としてビートたけしへの接触をはかっていれば面白いネタが拾えるかもしれないとフライデー側が記者の移籍についての事実を隠そうとしたことも、フライデー襲撃事件の要因となりました。

現行犯逮捕のワケ

トピック203/要素6801
フライデー襲撃事件では、ビートたけしが現行犯逮捕されています。110番に電話してから警察官が駆け付けるまで、全国平均で約7分となっています。
現行犯逮捕されるには、犯罪現場となる瞬間に立ち会っていなければなりません。つまり、ビートたけしが暴力行為をするまさにその瞬間に立ち会っていなければならないということです。ビートたけしが現行犯逮捕されたのはたまたま運が悪かったのでしょうか。

瞬時に逮捕できた理由

実は、フライデー襲撃事件が起こる前から警察官は現場近くでスタンバイしており、暴力沙汰になった時点で警察手帳を見せるとともに事件を防ごうという計画になっていました。フライデー襲撃事件を起こす前、怒り心頭のビートたけしは講談社に「今から行ってやるからな」と電話をしていたのです。

ビートたけしから宣戦布告の電話を受けた講談社はすぐに警察に連絡し、ビートたけしが乗り込んでくることを相談しました。連絡を受けた警察官は講談社の社員に変装し、フライデー襲撃事件が起こるまで社内に身を潜めていました。

そこへ何も知らないビートたけしとたけし軍団員が現れて講談社ともみ合いになり、暴力がふるわれた時点で警察官が名乗り出て逮捕者が出るということになりました。時間にしてフライデー襲撃事件は5分ほどの出来事でした。

フライデー襲撃事件の真相その3

トピック203/要素6808
人気絶頂のビートたけしは、フライデーにとっても注目の的でした。フライデー襲撃事件が起こる前から頻繁にフライデーの記者から狙われていました。隙あらばプライベートを覗こうとビートたけしやその家族のシャッターチャンスを狙っていたのです。

妻の写真を撮られることはまだしも、子どもの幼稚園での面接の写真まで撮られ、週刊誌に乗せられていたこともありました。そして、愛人に対しての行き過ぎた取材で愛人が流血することになり、愛する彼女の血を見たビートたけしは激高したのです。

芸能人としてプライバシーを傷つけられすぎていた中での愛人の負傷に、フライデー襲撃事件の火ぶたが切って落とされることになりました。

ビートたけしの男気

フライデー襲撃事件で現行犯逮捕されたビートたけしは、警察へ引き連れられて行く際に後ろを振り返らず、「俺みたいな人間に付き合ってくれてありがとうな。この恩は一生忘れない。どんなことがあってもお前らの面倒は一生見るから」と言い残して、去っていきました。

怒りで我を忘れて行動してしまったような事件でしたが、「大切なものを守る」という信念に合わせてたけし軍団員の生活を一生守るという大きすぎる覚悟の元行われた事件でした。

フライデー襲撃事件とビートたけしの関係

ビートたけしやたけし軍団は暴力事件を起こしたわけで、フライデー襲撃事件のあと彼らを叩こうとする風潮もありました。しかしビートたけしは「大切なものを守る」という信念を一貫していたことに加えて、フライデー襲撃事件の逮捕時には「どんなことがあってもお前らの面倒は一生見るから」と語っていた男気によって、彼らを叩こうとする勢力を沈めていきました。

人気絶頂の中突然の逮捕、そして謹慎8カ月たったあともビートたけしの人気は劣ることなく、不動の地位を築いていきました。それは、フライデー襲撃事件で見せた大切な人への信念と、自分に付いてきてくれた仲間への男気が世間に認められた証拠でした。

BIG3とは

フライデー襲撃事件の謹慎期間が明け、復帰のあと最初の仕事が出れ美番組の生放送でした。タモリ、明石家さんま、ビートたけしの3名での生放送番組でフライデー襲撃事件を使った自虐ネタで爆笑をさらいました。

この番組が、後の芸能界ビッグ3(スリー)の始まりと言われています。ビートたけし復帰後の最初のテレビ番組がきっかけとなって、彼ら3人をBIG3と呼ぶことになり、彼らの人気に拍車をかけることになります。また、BIG3はお笑い界での格を意味する言葉になりました。

ヒーロー説

トピック203/要素6817
ビートたけしは当時、レギュラー番組10本を持っている大人気芸人でありました。もし同じ立場だったとして、人気や仕事などたくさんのことを犠牲にしてまでたった1誌に奇襲をかけるなど、多くの人はしないことでしょう。

しかし彼は今まで築き上げてきた地位をも棒に振る覚悟でフライデー襲撃事件を起こしたのです。それを軽率だという人もいるでしょう。しかし、ビートたけしはそれらを捨て去る覚悟で守りたいものがあったのです。「これからも、大切なものを守る」それがビートたけしの信念なのです。

フライデー襲撃事件を起こす限りは自分に付いてきてくれた人たちの一生も背負う覚悟で。人気や地位にしがみついて自らの信念を失うようでは、それまでの人物なのでしょう。

ビートたけしは愛と信念を持った、まれに見る日本男児なのでしょう。お笑い芸人という仮面をかぶったヒーローなのかもしれません。

フライデー襲撃事件に学ぶ

ビートたけしと言えば、今や芸能界で右に出るもののいない存在です。もちろん本人の才能や努力による所もあるでしょう。しかし、「大切なものを守る」という確固たる信念を持った男に世間が魅了されていることは間違いない事実です。

また、フライデー襲撃事件を通じて見えたのは、ビートたけしが仲間に対してどれだけ大きな愛を持っているかです。ビートたけしの仲間に対する大きな愛が、世間を巻き込んで壮大なエネルギーを生み出したように感じさせます。

男気や愛情は気恥ずかしく敬遠されがちなものですが、世間はビートたけしの姿に古き良き日本男児を見て応援したくなったのでしょう。

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