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【犬鳴村】日本で一番怖い村|犬鳴峠の事件・都市伝説の真相まとめ
2019年02月21日

【犬鳴村】日本で一番怖い村|犬鳴峠の事件・都市伝説の真相まとめ

日本各地に点在する血生臭い心霊スポット、その中でも、群を抜くほど恐ろしい福岡県の犬鳴村。肝試しや冷やかしにやってくる人たちが後を絶ちません。これから旧犬鳴トンネルや犬鳴峠での凄惨な事件や都市伝説の真相に迫っていきます。どうぞ心してご覧になってください。

日本最怖心霊スポットといわれる犬鳴村とは?

日本最強といわれる福岡県の最怖心霊スポット、犬鳴峠。その場所からほど近いところに、都市伝説の元凶である犬鳴村があります。邪気が蔓延する不気味な心霊スポットとして共に有名な旧犬鳴トンネルには、今もなお怖いもの見たさに肝試しや散策に訪れる人が後を絶ちません。

犬鳴村にまつわる怪奇現象や過去に起きた凄惨な事件事故、このような事情を深く知っている地元住人は日中でも近寄らない場所だとか。そんな「ヤバすぎる!」と日本で一番怖い犬鳴村と旧犬鳴峠にスポットを当て、最怖都市伝説の真相を紐解いていきます。

犬鳴村は一体どこにあるのか?

福岡県宮若市と同県糟屋郡久山町との境をまたぐところに犬鳴峠があります。さまざまな霊現象があったと言われてきた「犬鳴旧トンネル」は、新犬鳴トンネルの宮若方面出口から少し進んだところの脇道から行く事が出来ます。

その脇道を進むとフェンスがあり、その先に入っていけば最怖心霊スポットといわれる旧犬鳴トンネルがあります。旧犬鳴トンネルの先にある犬鳴村へ進むにはこの旧トンネルを通過するしかありません。あなたはこの邪気が蔓延する恐怖のゾーンに入る勇気はありますか?

ネットで噂される犬鳴村の怖い噂

【犬鳴村】日本で一番怖い村|犬鳴峠の事件・都市伝説の真相まとめ
そんな犬鳴村ですが、さまざまな恐怖の噂が飛び交っています。まずは巷で囁かれている犬鳴村に関する噂をまとめてみました。

犬鳴村には日本国憲法が通用しない?

村の入り口に「この先、日本国憲法は適用しません」という不気味な看板が立っているそうです。旧犬鳴トンネルの先に犬鳴村があり、村へのアクセスは旧トンネルを通過するか、トンネルのわき道を進む必要があるんだとか。トンネルの先にあるとされる日本国憲法が及ばない犬鳴村とは、どのような村なのでしょう?とても気になりますね。

日本の行政記録から完全抹消されている?

日本の行政記録や地図から完全抹消されているという犬鳴村。たしかに地図を調べても犬鳴村という村は存在してません。地図から抹消されていたとしたら一体犬鳴村はどこにあるのでしょう?

犬鳴村に一歩足を踏み入れれば命の保証なし?

犬鳴村に足を踏み入れたものは生きて帰れないと囁かれている怖い言い伝え。さまざまな罠の仕掛けがあり、それに引っかかることで村人に気付かれ、警戒した住人たちが窯や斧を持って追っかけてくるというのです。追いつかれたら大変ことになります。

江戸時代より差別を受けてきた悲しい村?

犬鳴村は江戸時代から激しい差別を理由に隔絶され、自給自足で外界をシャットアウトせざるをえなかったとか。現在でも政府から特別保護区と指定され、法律が一切適用されない村だそうです。

近親結婚が繰り返されてきた?

激しい差別により、外界との交流をせざるをえなかった犬鳴村の村民は、近親者同士で結婚が繰り返されていたというのです。子孫を残すため、近親相姦に至ったとか。

血縁の近い妊娠により、精神的な病を抱える子供が生れてきたため、攻撃的で凶暴な性格の村民が多かったといいます。

犬鳴村の広場に置きっぱなしのボロボロのセダン

犬鳴村の広場に破壊されたセダンが放置されているという噂もあります。これは昔、島根から旅行に来たカップルの車で、興味本位に村へ近付いたため村人に惨殺されたそうです。面白半分で村に訪れたため村人の怒りをかったようです。

犬鳴村に入ると携帯が圏外になる?

山奥に位置する犬鳴村には電波が通ってなく、どのメーカーの携帯であろうが圏外と表示されるとのこと。

一旦、犬鳴村に入ってしまったら、なにがあっても外部への連絡手段が閉ざされるという不気味な都市伝説なのです。

犬鳴村で噂された怖い話

【犬鳴村】日本で一番怖い村|犬鳴峠の事件・都市伝説の真相まとめ
犬鳴峠や旧トンネルでは本当にヤバい事が起こっていて、どんなに霊感がない人でも犬鳴にくれば邪気を感じると言います。プロの霊媒師でも尻込みしたという犬鳴村の脅威をご覧ください。

旧犬鳴トンネル内で心霊番組撮影中に・・・

心霊番組で活躍されていた霊能者の宜保愛子さんがトンネル内に入った時のこと。ただならぬ邪気に身の危険を感じ撮影を中断したのでした。あまりにも無数の悪霊に手が終えないと退散したそうで恐怖の極みだったそうです。

交通事故が多発

夜中、犬鳴峠を通過していた車が前方に横切る人の姿に急ブレーキを踏み、あわや大惨事になるところだったドライバーやブレーキが突然利かなくなっガードレールに突っ込んだとか、実際に事故が多い犬鳴峠、確かに運転が難しい峠といえます。

多発する交通事故の原因がトンネル内にいる悪霊たちのせいなのか、それともただの偶然なのかはだれもわかりませんが怖いトンネルである事には間違いはありません。

トンネル付近にある魔の電話ボックス

【犬鳴村】日本で一番怖い村|犬鳴峠の事件・都市伝説の真相まとめ
こちら、電話ボックスに人が立っていたという幽霊話もあれば、逆に電話機を利用した人が電話口から恐ろしい声が聞えてきたとかの様々な噂がありました。

しかしあまりにも怖い噂が蔓延しすぎて肝試しに訪れる人々が増えたことから、撤去されて今は存在しません。

犬鳴村で実際に起きた怖い事件

【犬鳴村】日本で一番怖い村|犬鳴峠の事件・都市伝説の真相まとめ
これから紹介する実際に犬鳴村で起こった凄惨極まりない工員焼殺事件や少年失踪事件。偶発的と考えても腑に落ちない事ばかり。もしかして背後に犬鳴村の悪霊が潜んでいるのでは?と、事件発生から30年経過した現在でも、当時の事件に首をひねる地元住人なのです。

犬鳴トンネル工員焼殺事件

昭和63年12月7日、当時スチール製造工場の工員だった梅山さん(当時20歳)が5人のヤンキーグループ少年に拉致。軽度の知的障害があった梅山さん、母子家庭でとても親孝行者だったそうです。

そんな彼がたまたま赤信号で停車していた時に犯人グループと出くわした事が彼の運命を変える事に。車を貸すように要求され断ったことで犯人らは激高。監禁された暴力を受けた揚句、犬鳴峠に連れ去られ、更に酷い目に。

崖から突き落として殺そうとするも未遂に終わり、命乞いをしてきた梅山さんに最終手段でガソリンをかけ引火し焼殺した凄惨な事件でした。

少年らのうちひとりが「もうやめよう」と怯むも主犯格の少年が皆を脅し、事件発覚を恐れ殺害を決行した。旧犬鳴トンネルから150メーターほど離れた場所でガソリンをかけられ、発狂する梅山さんは旧トンネル入り口付近で息絶えたと言います。

1991/03/08、福岡地裁で行われた控訴審判決において、主犯(21、犯行当時19。福岡県田川郡の露天商手伝い)の男は一審で無期懲役を言い渡され、「確定的な殺意はなく、量刑は重過ぎる」と減刑を求めて控訴しましたが、前田一昭裁判長は「犯行は他に類例を見ないほど残虐。 被告はその中心的な役割を果たしており、責任は重い」としてそれを棄却、他のメンバーも有罪となりました。当時主犯は未成年だったことから氏名は明らかにされていません。

出典: http://chiebukuro.yahoo.co.jp |

怖すぎる実録!少年失踪事件

時期は工員焼殺事件後だと思いますが、心霊スポットで有名になったため、多くの人が肝試しに行くことが流行しました。

当時、大分県中津市周辺に住んでいた少年3人がセダンで犬鳴峠に肝試しに行き、車がどんどん旧トンネル付近に来たところで・・・。バックミラーに映る後部座席の少年の顔が真っ青になっているのに気付いた。少年らは「どうしたん?」と声をかけたそうです。

すると後部座席の少年が震えながら足下を見ていたので、少年らその足下を見たら下から手が出てきてて、その少年の足首をがっちり掴んでいたそうです。

発狂した友人ふたりはなんと、その少年を置いてきぼりにし、逃げたそうです。でも、置いてきたはずの少年の姿はなく、車だけ残っていたとのこと。

少年は消息を絶ち、それ以降も発見される事はなかったそう。犬鳴峠少年失踪事件で当時、新聞に掲載された事件。やはり犬鳴の怨念なのか・・神隠しに遭ったのでしょうか?

犬鳴ダム死体遺棄事件

平成12年犬鳴ダムで遺体遺棄事件が起こっていますが、何故か詳細はネットで探しても見当たりません。地元住人によれば、たしかにそのようなことがあったと言うことで、何故詳細が載ってないのかそれ自体が怖い気もします。

入水自殺や不可解な霊現象証言は多々あり、ヤバい場所には間違いありません。近隣の力丸ダムでは保険金がらみの事件で遺体が沈められた事件も有名で、強力な霊気が漂うこの一帯には用がない限り、近付くのは危険なのかもしれません。

「犬鳴峠に胆試し」は危険すぎる?

どう考えてもやはり偶然とは思えない犬鳴峠での事故。怨念が彼らを引きよせているとしか言いようがなく、だとしたら?あなた自身にも起こりうることなのかもしれません。

幽霊を見に行った帰りの大惨事

2001年2月、国道202号線での事故。犬鳴峠に幽霊を見に行く目的で、出発した若い男性5人が乗った軽自動車が走行中2トントラックと正面衝突しました。軽自動車の前部は大破し、うち4人が死亡、残る一人は重傷を負ったそうです。

トラック運転手は軽傷ですんだよう、運転手の証言によれば「軽自動車が急に中央線を越えてきた」という事です。居眠りだったのか、はたして霊のしわざなのか、真実を知っているのは運転者の少年のみなのでしょうか。

犬鳴峠に肝試しに行った帰りに

1992年6月初夏のことだった。北九州で少年10人乗った自動車が電柱に衝突、運転手が重体、助手席の少年が両足骨折の重傷、他の8人は軽いけがですんだようです。

ブレーキ痕が無かったことから、居眠りかスピード超過だったのではと言われていました。しかし、少年らは犬鳴峠に肝試しに行った帰りとのことだったらしく、事故と霊の因果関係は分かりませんが、やはりこのタイミングでの事故だとそう考えざるをえません。

犬鳴村での壮絶恐怖体験5選

地元の人でも安易に近付かない場所として有名な犬鳴。安易に近付いてしまう他県の人々にはまだまだその怖さは分からないのかもしれません。

続いては、事情を深く知る地元の人たちに、リアルな恐怖体験を聞いてみました。

旧トンネルに消えた女性の生首

これは何十年も前の話になります。犬鳴隧道が開通していたころの話ですが、赤い車に乗った女性が犬鳴隧道を通過中に起こった奇怪な事故です。

女性が窓から首を出した瞬間、首が吹っ飛んだそうです。でもトンネル内部にはいくら探しても頭部がなかったそうです。

事件から一時、その赤い車が旧トンネルに放置され柵がされていたそうですが、その車を動かそうとした者が死んだり、怪我をしたりという非常に怖い話。

旧トンネルが通過出来てた頃、幾度となく寂しい女性の霊を見たという人が多かったようです。しかし車一台しか通れない場所で、どのような原因で首が吹っ飛ぶ事になったのか分からなかったようでした。犬鳴村の祟とでもいいましょうか本当に怖すぎる話です。

背後に付きまとう怖い影

あれは僕が18歳の頃でした。友人と面白半分で犬鳴峠に肝試し兼ドライブをしに行った時の恐怖体験です。たしか時間は午後11時は回っていたと思います。

犬鳴峠の怖い噂は散々、聞いてはいましたが「そんなもの嘘に決まってるよ」と高をくくっていたのが裏目に。僕らは久山側から山道を辿り、旧トンネルまでやってきました。目の前には不気味に黒い口を開いた噂の心霊スポット。

一瞬ゾクッと寒気がしたがオーディオの音量をマックスにして突入しました。中間辺りにさしかかったところで付けていた音楽が消えたんです。「どうした・・?」「これ、やばいんじゃない?」あまりの怖さに危機感を覚えた僕ら。

来た道をバックで逆走しようとしたら車が動かない、そして後ろを振り返った瞬間ビックリ後部座席の窓に薄笑いした女の顔がびっしり張り付いていたんです。それから1週間高熱にうなされたふたりでした。

背筋が凍った!車の後部座席に見知らぬ女

本当に怖い体験でした。一生あの顔が忘れられない私たちカップル。当時、私のお腹の中には小さな命がありました。今で言うできちゃった婚を前に目一杯遊ぼうって、こともあろうに犬鳴峠の肝試しを彼が提案、でも、それが最悪の結果になろうとは・・・。

宮若側から入っていった私たち、薄気味悪いと感じながらも大きな声で会話して気を紛らわせてました。旧トンネルの慰霊碑が見えたときのこと。一瞬白い着物を着た女性のような陰が見えたんです。

彼に言うと「俺も見えた気がした」背中がゾクゾクし初め、一気にトンネルを通過すると言い出した彼。私は目を閉じて祈る思いで何十秒怖さに耐えていた。

彼が悲鳴を上げ、「ミラーに・・!」真っ青な顔の彼、恐る恐る振り返ったら・・私は悲鳴を上げ気絶してしまった。後部座席に凄い形相をした女が私を睨んでいたから。間もなく流産し、彼とも別れ、犬鳴峠に行ったことを今でも悔いています。

ありえない!犬鳴峠ですれ違った無人のセダン

これは絶対に信じてもらえないかもしれませんが事実です。季節は12月、友人と二人で犬鳴散策をしようと計画。他の友人には止められたけど、僕ら二人は日が沈む頃を狙って犬鳴峠に行きました。

久山側から入り、道がそんなに狭まっていない辺りだったですが前方から白いセダンが迫ってきました。「先客かな?」ゾクゾクしつつ、どんな人たちが来てたんだろうと徐々に迫ってくる車に視線が行きました。

でも、なんか様子が変だった、車内に人影がない。でも、徐々に迫ってくる車のライト。「こっちに来てるよな、あの車」・・・嫌な予感は的中しました。すれ違いざまに車内を見たら、やはり運転席には誰もいませんでした。

車の中全体が青い光に包まれているような感じで、青ざめた友人と顔を見合わせ、急ブレーキを踏みました。怖さのあまり二人でうずくまり、1.2分して顔をあげたら視線の先に恐ろしい顔した女がいました・・。

あの世からの通信

新犬鳴トンネル内での怖い体験になります。日中は交通量が多い新トンネルですが、やはり夜中ともなると交通量は減少。

距離が長いトンネルなので気持ちのいいものではありません。私は夜勤を終え、福岡から帰宅していたのですが通過していたのは私の車一台のみ、早くこの区間を通り抜けたいと加速しました。

中間に来たところで私にスマホがコールした、「こんな夜中に誰だ?」見ると非表示通知、無視していたらまたも同じ非表示電話。嫌な感じがしながら電話に出ると・・・。

「もしもし?もしもし?」相手がずっと黙っている。「誰?」そう問いかけたら「アタシよ、分かる?」と、か細い女性の声が耳に入ってきたんです。

邪気を察知した私は一気にアクセルを踏み込み、トンネルを抜けた。今でもあの声の主が誰なのか分からない・・。怖くて、それから二度と新犬鳴トンネルを通る事はなくなりました。

犬鳴村都市伝説の真相とは?

これから犬鳴村の都市伝説の真相に迫っていきます。本当にこんな恐ろしい村が日本に存在していたのか詳しく知りたくなってきたでしょう。ではご覧ください。

ダム底に消えた犬鳴村

実は、2006年2月11日(平成18年)の若宮町、宮田町合併により、「宮若市犬鳴」としての地名が残るも犬鳴ダム底に沈んでしまっていることから何処にも村の存在はありません。

しかし、実際に犬鳴村は1889年まで福岡県鞍手郡に存在していたのは確かで、江戸時代から住人がおり、農林業や産業の盛んな村だったようです。

犬鳴村は近年まで生き残っていたわけですが、1994年に犬鳴ダムが完成したと同時に、犬鳴村集落は主要ダム建設と共にダム湖に沈む事になりました。

犬鳴村の住人たちは周囲の集落、または都市部に散り散りになっていきました。現在は上記のように宮若市犬鳴という住所のみが残されています。


平成以降はこの地域に居住者がいないものの、江戸時代頃は木炭、和紙の製造、たたら製鉄、オタネニンジンの栽培など、産業に特化した地域として有名である。また福岡城の逃げ城とされた犬鳴御別館も遺されており、江戸時代以降から数多くの歴史がある。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E9%B3%B4#%E7%8A%A... |

犬鳴村にまつわる都市伝説の真相

犬鳴村は現在はなくなっていた事がわかりましたが、都市伝説は絶対に本当のことなんじゃないの?と疑惑は晴れないでしょう。でも、真相究明するとさらに意外な事実が判明しました。

犬鳴村には日本国憲法が通用しない?

犬鳴村には日本国憲法が通用しないという都市伝説ですが、たしかに看板はたてられていたという話でしたが「この先、日本国憲法通用せず」などといった文言ではなく別の内容だったという事です。

日本の行政記録から完全抹消されている?

地図から抹消された村という噂ですが、そもそも人が存在して初めて地番がつけられます。なのでダム底に沈んでしまった村が地図に存在しなくて当然だったのです。

犬鳴村に一歩足を踏み入れれば命の保証なし?

犬鳴村に一歩足を踏み入れれば命の保証なしという怖い噂ですが、たしかにイノシシ用の罠などあり、そのせいで怪我をした人々はいたかもしれませんが、その可能性は低いと言われています。何故なら、そもそも容易に侵入出来る場所ではなかったからだそうです。

江戸時代より差別を受けてきた悲しい村?

江戸時代より差別を受けてきた悲しい村とありますが元々、同和地区だった犬鳴村で、おのずと部落民同士のコミュ二ケーションしか図れなかったため、自ら外界との関わりを断ったというのが事実だったようです。でも、犬鳴村があった頃は住人は町に繰りだしたりと、いたって通の生活をしていたとのこと。今も昔も特別保護区などに制定されていないとのことでした。

近親結婚が繰り返されてきた?

近親結婚が繰り返されてきた犬鳴村の噂ですが、外界をシャットアウトし、生活をしてきた犬鳴村村民。外から人間が入ってこない集落だったらどのように村人の人数を保ってきたかということから考えれば、近しい親戚同士での近親相姦無きにしも非ずだったのでしょう。

犬鳴村の広場に置きっぱなしのボロボロのセダン

犬鳴村の広場に置きっぱなしのボロボロのセダンの噂はかなり無理があるようでした。理由はそもそも犬鳴村までの細い山道を車が通過する事は無理があったからです。車を置いて行方不明になったカップルがいたとしたら、何故ニュースや新聞での報道がなかったのでしょう?謎のセダンの都市伝説よりも、報道がなにもなかったということのほうに矛盾を感じてしまいます。

犬鳴村に入ると携帯が圏外になる?

犬鳴村に入ると携帯が圏外になる・・あたかも二度と犬鳴村からでる事が出来ないという恐怖心をあおる都市伝説ですが、たしかに圏外というのは事実ですが山奥ゆえ仕方がない事なのです。ちなみに旧トンネルに行くことのできる宮若側ゲートは電波ありになってます。

怖い旧トンネル~実は軍事用道路だった

第二次世界大戦激化に伴って、宮田・若宮より福岡に直通になる道として、軍部によって旧犬鳴トンネル(犬鳴隧道)が計画されたとのことでした。つまり軍事用道路の目的で作られたトンネルだったのです。

地元にはすべて内密に開削が行われたが、山の中の作業なので誰もがその建設作業工程を知らなかったそうです。宮田の建設会社があたって、作業員には韓国の人々が従事したそうです。

強制連行による人々かはさだかではないようですが、その中には宮田の捕虜収容所から欧米人の戦争捕虜の人たちもいて、測量などの技術を持った欧米人捕虜がここで建設作業にあたったそうでした。

現在、犬鳴旧トンネルまでの道は一部県道として使用されており、一部が旧道として残されています。

旧トンネルのルート~久山側ゲート

こちら久山側の動画にあるように、無断侵入禁止の案内があり、赤外線カメラで監視中なので無理に入れば警察沙汰になりかねません。こちらは完全に塞がれている状況につき、この先へは絶対に進めません。旧トンネルを目指すなら宮若ゲートを利用しましょう。

旧トンネルへのルート~若宮側ゲート(犬鳴ダム)

こちらのゲート、そもそも登山者用に開放されている入口になり、自動車での侵入は不可となっているようです。ここから徒歩15分の位置に慰霊碑があり、そのすぐ右側に旧トンネルがあります。こちら側だと旧トンネル前まで辿り着くことが可能なうえ、電波もあるようで安心して出入りできます。

霊よりも生きた人間のほうがずっと怖い

昔からヤンキーや暴走族のたまり場になっていた犬鳴峠。人が集まってくるということは様々な人間が寄ってくるということ。その中には単なる通行人、肝試しを試みる人、もしくは人に危害を加えるべく犬鳴峠に向かう怖い人だっているかもしれません。

近年、人の手により命を奪う凄惨な事件が絶えないことから、犬鳴峠に根付く霊たちよりもはるかに、この世に存在する人間のほうが危険なのかもしれません。

それでも興味本位で行く場所ではない

噂されてきた都市伝説に関しては、盛られた創作話だったことはお分かりになったでしょう。しかし、実際に起きた過去の難解な事件事故や強烈な霊体験談を見る限りでは、やはり安易に足を運ぶ場所ではないといえるのです。現に常識では計り知れない出来事が現に起こってきたわけですから。

犬鳴峠という地に、今もな根付く悲しい怨念が渦巻いていることは紛れもなく、土足で踏み込むことは好ましくないのでしょう。現世で生きている私たちだってそのようなことされれば怒りに打ち震えるでしょう。あの世もこの世も想いは一緒なのです。

2020年映画「犬鳴村」公開決定!


恐怖の都市伝説から凄惨な事件事故、信じられないような犬鳴峠での怖い霊体験の数々をご覧になりどう感じましたか?

恐怖スポットとして全国トップを誇る犬鳴峠ですが、都市伝説の真相を知れば、噂されるほど怖い村というわけでもなかったのかもしれません。人々の過度な妄想が恐怖心を仰ぎ、あのような都市伝説が生れてしまったといっても過言ではなかったのでしょう。

2020年に公開予定の「犬鳴村」。日本のホラー映画の巨匠・清水祟監督により新たな犬鳴村の恐怖神話が誕生するのは間違いありません。

そのことから新たに犬鳴峠が心霊スポットの脚光を浴び、訪ねてくる人々の数がさらに増加するでしょうが過度な炎上は控え、良識を持って犬鳴散策を楽しむといいのかもしれませんね。

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