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【赤報隊事件とは】犯人は誰?自作自演?未解決事件の真相に迫る
2019年08月16日

【赤報隊事件とは】犯人は誰?自作自演?未解決事件の真相に迫る

1987年の朝日新聞東京本社銃撃事件を皮切りに、1990年の愛知韓国人会館放火事件に至るまで、赤報隊の名前で行われた一連のテロ事件を赤報隊事件と呼びます。今回は一連の事件の詳細と、赤報隊の正体や捜査の行方についてまとめていきます。

赤報隊事件の詳細は?

1987年から1990年の間に、赤報隊を名乗る犯人が7件のテロ事件が引き起こしました。

7件中4件が朝日新聞を狙った事件であり、そのうち1件では犯人が放った散弾銃によって、1人の記者が犠牲となっています。

この事件は別名「広域重要指定116号事件」とも呼ばれ、赤報隊を名乗る同一犯人による、複数の都道府県に跨って行われたテロ事件でもあります。

事件には多数の物証があり、犯人の目撃情報もありましたが捜査は難航します。

果たして犯人の赤報隊とは何者だったのでしょうか?この記事では赤報隊事件の詳細と、犯人の赤報隊の正体についてまとめてみます。

広域重要指定とは?

複数の都道府県にまたがる犯行であり、犯人が同一とされる事件を、警察庁広域重要指定事件と呼びます。

昔の警察は管轄と呼ばれる受け持ち区域が決まっており、そのせいで管轄外にまたがる事件の解決を遅らせることになりました。その反省から警察庁広域重要指定事件が発足されることになったのです。

警察官から拳銃を奪って4人を殺害した「永山則夫連続射殺事件(108号)」、「グリコ・森永事件(114号)」、犯人の西川正勝がスナックのママを4人殺した「スナックママ連続殺人事件(119号)」など、現在までに24件の事件が警察庁広域重要指定事件に指定されています。

赤報隊事件の時系列順のまとめ

赤報隊事件とは1987年から1990年の間に赤報隊と名乗る犯人が起こしたテロ事件の総称です。

ここでは時系列順に事件のあらましをまとめてみます。

朝日新聞東京本社銃撃事件

1987年1月24日、時間は午後9時頃でした。東京都の旧築地市場近くにある朝日新聞東京本社の窓ガラスに、散弾銃が撃ち込まれるという事件が起こりました。犯人が撃ち込んだ散弾は2発で、いずれも2階の窓ガラスに命中しました。

その2日後、赤報隊を名乗る犯人から、朝日新聞を悪質な新聞社だと名指しした声明文が通信社に送り付けられました。

朝日新聞阪神支局襲撃事件

赤報隊の次のターゲットに選ばれたのは、同じ朝日新聞の神戸支局でした。

1987年5月3日、憲法記念日のその日、時刻は午後8時15分。2階の編集室には小尻知博、犬飼兵衛、高山顕治の3人の記者が仕事をしていました。

そこへ散弾銃を持った犯人が押し入り、至近距離から200発近い弾丸を小尻知博と犬飼兵衛に向かって発砲します。

小尻知博は担架で運ばれた時には意識があり、医師の呼びかけにも気丈に答えていましたが、5月4日帰らぬ人となりました。享年29歳でした

同じく被弾した犬飼兵衛はこの時、右手の薬指と小指を失う重傷を負いますが、その後記者人生を全うし、2018年1月16日、73歳で亡くなりました。

被害者の小尻知博記者とは?

広島県に生まれた小尻知博は立命館大学法学部を卒業後、1982年に朝日新聞社に入社します。

入社から最初の4年間は盛岡支社に勤務、その間に結婚し、妻の裕子との間に一人娘美樹を設けます。

その後阪神支局に異動となり、今回の朝日新聞阪神支局襲撃事件の犠牲者となってしまいました。

ちなみに娘の美樹は成人後、大阪の朝日放送に就職しています。

さらなる犯行声明

小尻知博が凶弾に倒れた後の5月6日、再び赤報隊を名乗る犯人から犯行声明文が送られます。

犯行声明文には反日分子には極刑を科すこと、朝日新聞の社員は死刑にするなどと書かれており、殺意を明確にする内容が書かれていました。

朝日新聞名古屋本社社員寮襲撃事件

1987年9月24日、時刻は午後6時45分頃でした。赤報隊による第3の犯行が起こります。犯人の今度のターゲットは、朝日新聞名古屋本社の単身者向け社員寮でした。

食堂とマンションの外壁に銃弾が撃ち込まれましたが、幸いに怪我人はありませんでした。

事件後はまたしても犯行声明文が送られて、朝日新聞に対し戦前へ回帰するよう訴える内容でした。

「反日朝日は五十年前にかえれ」と戦前回帰、戦後民主主義の全否定[16][17]、戦後の朝日新聞への敵意を示す犯行声明文が送りつけられた[18]。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%A0%B1%E9%9A%8A... |

朝日新聞静岡支局爆破未遂事件

赤報隊による犯行はまだ終わりません。またもターゲットに選ばれたのは、朝日新聞の静岡支局です。

1988年3月11日、朝日新聞静岡支局の駐車場でピース缶爆弾が発見されます。爆弾は事前に発見されたため、事件は未遂に終わりました。

この時の犯行声明では、ターゲットは朝日新聞だけでなく、毎日新聞や東京新聞であることも示唆されましたが、毎日新聞、東京新聞が実際に狙われることはありませんでした。

朝日新聞社以外の事件

朝日新聞静岡支局での爆破事件が未遂に終わった後、赤報隊はターゲットを政治家や企業人へと変えます。

1988年3月11日付の消印で、当時の首相だった竹下登首相、前首相だった中曾根康弘宛てに脅迫状が送られます。

中曽根康弘に対しては、靖国神社への参拝中止や、教科書問題でアジア諸国に配慮した態度を批判し、処刑対象とするといった内容が書かれていました。

竹下登に対する脅迫状には、靖国神社へ参拝するよう要求しています。

また1988年8月10日には、リクルート事件で渦中にあったリクルートの元会長宅へ散弾銃が撃ち込まれ、1990年5月17日には愛知の韓国人会館への放火も行われています。

赤報隊事件の犯人の手がかりは?

赤報隊事件の犯人の手がかりは?

犯人の目撃情報

一連の赤報隊事件では、様々な犯人の目撃情報がありました。

まず朝日新聞阪神支局襲撃事件では、中肉中背で全身黒づくめの格好に黒い目出し帽を被った男が目撃されています。また事件の直前にはパンチパーマのヤクザ風の男も目撃されており、運転手役と見て捜査対象になりました。

朝日新聞名古屋支局社員寮襲撃事件では、身長170センチくらいで関西訛りのある男が目撃されています。

また朝日新聞静岡支局爆破未遂事件では60代の男、リクルート元会長宅の周辺では身長160センチくらいの細身の男の情報が寄せられました。

赤報隊事件の物証は?

赤報隊事件には犯人に繋がりそうな数多くの物証も残されていました。

まず阪神支局の襲撃に使われ、小尻知博の命を奪った散弾銃を特定するため、購入者が捜査されました。

ほかには犯人が犯行声明文を作成したワープロや封筒、静岡支局で使われたピース缶爆弾の材料なども捜査の対象となります。

また赤報隊事件では犯人のものと疑われる指紋、掌紋も検出されましたが、いずれも犯人特定の決め手とはなりませんでした。

そのほか、犯人が乗っていた車、犯人の履いていた靴、犯人の身につけていたジャケットの線からも捜査が行われました。

赤報隊事件の犯人像は?

赤報隊事件の犯人像は?
赤報隊が起こしたとされる事件は7件あります。そのうちの1件、朝日新聞阪神支局襲撃事件では死傷者が出てしまいました。

当初は朝日新聞だけがターゲットと思われていましたが、政治家や起業家へもターゲットを広げ、その後忽然と赤報隊は姿を消してしまいます。

これほどの事件を起こした赤報隊を名乗る犯人は、一体何者だったのでしょうか?

赤報隊を名乗る犯人

赤報隊事件の犯行後、犯人は赤報隊を名乗って犯行声明文を送り付けてきました。犯行声明文の内容から、朝日新聞に反感も持つ右翼組織と見られました。

しかし事件が起こるまで、赤報隊としての活動実績はなく、実態は今も謎のままです

日本民族独立義勇軍

日本民族独立義勇軍
犯行声明文には「日本民族独立義勇軍別働赤報隊」との署名がありました。赤報隊としての活動実績はありませんでしたが、日本民族独立義勇軍としての犯行は過去に何件か報告されています。

1981年の神戸米国領事館放火事件、1982年の横浜元米軍住宅放火事件、1983年の大阪ソ連領事館火炎瓶襲撃事件、朝日新聞東京・名古屋両本社放火事件の4件への関連が確認されました。

しかし日本民族独立義勇軍名で行われたテロ事件も未解決となっています

赤報隊の犯行動機はなんだったのか?

赤報隊が送り付けた犯行声明文や、朝日新聞が当時取材対象としていたターゲットから浮かび上がった赤報隊の動機をまとめてみます。

靖国神社参拝問題と教科書

靖国神社への参拝は歴代の首相の間で恒例行事となっていましたが、中曽根康弘が首相に就任した途端、それまで参拝に対して沈黙していた中国や韓国が批判し始めました。この事態を重く見た中曽根康弘は靖国神社への参拝を取りやめてしまいます。

さらには歴史教科書についても、中国や韓国に配慮し記述を修正させてしまいました。

それまで靖国神社に日本の首相が参拝しても、中国や韓国から批判の声はありませんでした。それが突然批判を始めた背後には、朝日新聞が政治問題化したとの指摘もあり、赤報隊の犯行動機になったと見られています。

国家秘密法批判

1985年に自民党が衆議院に提出した法案に、「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」があります。

この法案が施行されれば、戦前と同様、日本国民の自由が阻害される、という理由で、反対する団体が複数存在しました。

中でも朝日新聞、毎日新聞は、徹底した批判キャンペーンを展開します。結果「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」は廃案となりました。

犯人はこの件に憤りを覚え、朝日新聞をターゲットにした可能性が指摘されています。

取材上のトラブル

警察も当初、朝日新聞が取材対象とした人物や団体の中に犯人がいるのではないかと睨みましたが、朝日新聞側では取材対象者を守るという名目で、警察に資料を渡すことを拒絶しました。

浮かび上がった赤報隊の正体とは?

赤報隊事件は世間の大きな関心を呼んだ事件です。そのため警察の捜査以外にも、様々な人物や団体が赤報隊の正体探しに乗り出しました。

そんな中から、赤報隊の正体として有力とされる幾つかの説をご紹介します。

潜在右翼犯人説

一連の赤報隊事件の後で寄せられた犯行声明文や、朝日新聞社や政治家などをターゲットとした理由などから分析して、犯人は潜在右翼ではないかと指摘する声があります。

潜在右翼とは右翼的思想を持ちながらも、警察などが従来から右翼組織として認識していない組織で活動をしている人、あるいは集団のことを指します。

こうした個人や団体は公安の監視下にないため、警察でも足取りを掴むことが難しく、赤報隊事件の犯人だと特定することはできませんでした

元自衛官犯人説

赤報隊事件では警察とは別に、朝日新聞が独自に捜査班を結成していました。朝日新聞に寄せられた情報の中に、犯人は右翼的思想を持った元自衛官といったものがありました。

この元自衛官は海外で宗教団体に所属した後、右翼団体に加入したことが判明しています。また散弾銃を所有していたこともわかり、にわかに犯人説に信ぴょう性が出てきました。

朝日新聞ではこの元自衛官を追跡し、ある右翼の大物を通じて接触を試みようとしましたが、話を聞く前に一酸化炭素中毒で亡くなってしまったことがわかりました。

東京在住インテリ系右翼犯人説

犯行声明文に盛り込まれた右翼的思想から、警察は東京在住のインテリ右翼を犯人とする説もあります。

しかしこちらも犯人の特定には至らず、赤報隊事件の真相解明とはなりませんでした。

宗教団体犯人説

そんな中、赤報隊事件が起こった当時、霊感商法で世間を騒がせていた世界基督教統一神霊協会こと統一教会犯人説が浮上します。

霊感商法とは、現在悪いことが起こっている、もしくは将来バチが当たるなどと言って、その原因である祟りや先祖代々の因果を浄化させる名目で、不当に高額な商品を買わせたり、お金を要求したりする行為です。

こうした霊感商法に引っ掛かり、全財産を失ったり、家族がバラバラになったりと社会的に大きな問題となりました。

1984年から朝日新聞社が発行する朝日ジャーナルでは、この霊感商法と統一教会について、大々的な批判キャンペーンを展開したのです。

統一教会の名を使った脅迫状(事件直後に「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」という脅迫状が事件で使われた銃弾と同一の薬莢2個と同封されて届いた)、『朝日ジャーナル』の編集長をしていた筑紫哲也宛に脅迫状が届いていたことなどから、統一教会の関係者の関与も疑われ、捜査の対象になった。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%A0%B1%E9%9A%8A... |

赤報隊事件への世間の反応

赤報隊事件について世間の反応や、犯人像などについて、ネットの声をまとめてみました。

テロ自体は断固反対

赤報隊事件は言論に対するテロだとして、マスコミや知識人の間で犯人を批判する声が起こりました

亡くなった小尻知博については、29歳という若さであり、子供がまだ小さいこともあって、特に同情の声が集まりました

また犯人である赤報隊の主張も、戦前回帰であるとして、日本の右傾化を心配する人々から、批判の声が強く上がっています。

くすぶる朝日新聞への不信感

赤報隊事件が起こった1980年代は、今のようにインターネットが発達しておらず、朝日新聞を始めとしたマスコミも今より信用されていた時代です。

それからおよそ30年が経ち、朝日新聞やマスコミを取り巻く世論には大きな変化が生まれています

Twitterの声を拾ってみると、犯人が起こしたテロ行為は否定する意見が多数ですが、朝日新聞に対して厳しい意見も多く聞かれるようになりました。

朝日新聞は戦前から偏向ねつ造を得意として恥も外聞もなく売国奴、国賊新聞社として存続しています。朝日新聞はチャイナや朝鮮や反日国にとっても都合のいい新聞です。

出典: https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/... |


自作自演説の真相は?

朝日新聞に手厳しい意見が聞こえる中、赤報隊事件は自作自演なのではないか、と指摘する声も上がっています。

その理由として、朝日新聞阪神支局襲撃事件以外では死者が出ていないこと、朝日新聞をターゲットにしていながら、1990年の愛知韓国人会館放火事件を最後にテロ事件を起こしていないことなどが挙げられます。

また警察は当初、取材対象者が赤報隊事件に関係があるとして、朝日新聞に情報提供を求めましたが、朝日新聞がこれを拒否したことも自作自演説が消えない理由の1つです。

さらには赤報隊事件を言論へのテロと位置付けることで、テロには屈しない新聞社として朝日新聞の評判が上がるという思惑があったのではないか、とも言われています。

99 :文責・名無しさん:03/05/06 22:05 ID:bP33gxE2
自作自演はさすがにないだろうが、「報道の自由」とかの
キャンペーンには熱心なのに、犯人像の絞込みや事件の背景などは
ロクに掘り下げてないのがなんかなあ。
他のオピニオン誌とかのほうがよほど力入れてるよ。

出典: https://society.5ch.net/test/read.cgi/mass/1047333434/ |

犯人は右翼ではない?

ネット上には、自作自演説に似ていますが、赤報隊の正体は右翼とする説に異論を唱える意見もあります。

赤報隊事件は日本民族独立義勇軍時代からのものを数えると、11件に及び、複数の都道府県に跨っています。

しかも警察の捜査線上には一度も、赤報隊の正体とされる人物や団体は現われていません。その理由の1つとして、赤報隊のバックには資金豊富な大きな組織が後ろ盾についている可能性があり、今の右翼組織に該当する組織は存在しないと言われています。

また、例えば社会党の浅沼稲次郎が刺殺された事件や、朝日新聞東京本社で拳銃自殺を図った野村秋介の例を出して、右翼の犯行は単独で行うことが多い、だから赤報隊は右翼ではないと指摘する声もあります。

赤報隊事件の捜査の行方は?

赤報隊事件の捜査の行方は?
赤報隊事件が起こってから、右翼説、元自衛官説、新興宗教説など、様々な犯人像が取りざたされてきました。

実際の捜査の行方はどうなったのかまとめてみました。

警察が掴んだ犯人像とは?

警察が掴んだ犯人像とは?
警察はまず、朝日新聞の取材上のトラブルの線から捜査を始めます。特に小尻知博が亡くなった阪神支局が扱っていた取材に注目しました。

また犯行声明文の文体から犯人は知性が高く、30代以上という分析を行っています。現場で目撃された犯人の似顔絵などを作り、右翼や新右翼を捜査対象として捜査を行ったり、事件に使われた散弾銃の入手ルートの特定に向けて全力を傾けます。

捜査の過程で統一教会の名前も上がりましたが、突如、政治的圧力がかかり、統一教会への捜査は打ち切られてしまいました

朝日新聞の掴んだ犯人像とは?

朝日新聞阪神支局襲撃事件の後、朝日新聞では「朝日新聞社116号事件取材班」を作り、独自に赤報隊事件を捜査し始めました。

取材班は寄せられた情報から、右翼の関係者に取材を行ったり、犯行への関与を疑われた元自衛官への接触を試みたりと、様々な角度から赤報隊事件の犯人を特定しようとしていました。

当時「朝日新聞社116号事件取材班」に所属し、2017年に朝日新聞を退職した樋田毅は、赤報隊事件について、『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』という1冊の本にまとめています。

犯人逮捕には至らず

警察や朝日新聞の捜査にもかかわらず、有力な犯人を特定できないまま、2003年に赤報隊事件の時効が成立し、赤報隊事件は未解決事件となりました。

赤報隊事件のその後

赤報隊事件のその後
赤報隊事件が起こってから始まった、言論の自由を守るための運動や、赤報隊事件に類似した事件、また事件を題材にしたドキュメンタリーについてまとめます。

言論の自由を守るために

赤報隊事件の1つ、記者の小尻知博が命を落とした朝日新聞阪神支局襲撃事件は、憲法記念日でもある5月3日です。

朝日新聞ではこの5月3日に「言論の自由を考える5・3集会」を行い、言論の自由の重要性を訴えています。

また事件が起こった阪神支局には朝日新聞襲撃事件資料室が開設がされており、亡くなった小尻知博が身につけていた衣類や、被弾してひしゃげてしまった筆記用具など、生々しい陳列品が多数掲示されています。

NHK実弾送り付け事件

赤報隊事件に類似した事件も起こりました。

2009年2月には、NHKに実弾が送り付けられる事件が発生し、同じく2月、NHKの福岡放送局の玄関付近が爆破され、その後各地のNHKに赤報隊の名前で実弾が送り付けられる事件が続きました。

NHKスペシャル未解決事件

NHKスペシャル未解決事件は、世間を騒がせた未解決事件にスポットをあて、ドラマとドキュメンタリーの2部構成で毎回話題をさらっています。

過去には「グリコ・森永事件」「オウム真理教」「尼崎殺人死体遺棄事件」「オウム真理教地下鉄サリン事件」「ロッキード事件」を扱ってきました。

その第6弾として、2018年1月27日、28日に渡って放映されたのが「赤報隊事件」です。主演を務めた元SMAPの草彅剛執念で犯人を追い詰める記者を熱演し、ほかにも上地雄輔、宮川一朗太などが脇を固めました。

放送後のネットの声を拾ってみると、若い世代には赤報隊事件のインパクトや犯人捜しより、草彅剛の演技に注目する声が多く聞かれました。

赤報隊事件から30年以上が経過して

赤報隊事件は言論の自由を狙うテロ行為だと糾弾する声がある一方、朝日新聞がこれまでやってきたことを考えれば同情できないという声があるのも事実です。

しかし右や左の思想の違いや、自分たちが気に入らない意見や思想を、暴力で黙らせようとする行為は断じて許されません。

とは言え、朝日新聞をはじめとしたマスコミは、ここまで一般人の声が自分たちに冷たくなってしまった理由について考えたことはあるのでしょうか?

5月3日に言論の自由を考える集会を開くのであれば、テロを批判するのと同時に、自分たちマスコミが世間からどう思われているのか、一度振り返ってみる機会にしてみるのも悪くないと思います。
赤報隊事件と同様、犯人へ繋がる多くの手がかりがありながら未解決に終わってしまった事件として、グリコ・森永事件も併せてお読みになることをお勧めします。

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