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【王将社長射殺事件】犯人はだれ?事件の詳細・真相をわかりやすく解説
2019年03月23日

【王将社長射殺事件】犯人はだれ?事件の詳細・真相をわかりやすく解説

餃子の王将の大東隆行社長射殺事件は、2013年12月の早朝に王将本社前で起きた殺人事件です。衝撃的な事件でしたが、この事件、まだ犯人が特定できず未解決の事件になっています。大東隆行社長の人柄や事件の背景、物証などからみえる犯人像などについて詳しく紹介します。

王将大東隆行社長射殺事件とは?

王将大東隆行社長射殺事件とは?
王将社長射殺事件とは、餃子を中心とした中華系チェーン店の「餃子の王将」の大東隆行社長が王将の本社前で何者かによって射殺された事件です。2013年12月の事件ですが、まだ犯人は解らず未解決の事件になっています。

京都の街中で未明の朝方に、王将の大東隆行社長という著名人が拳銃で射殺されたということで、世間にも大きな衝撃を与えた事件です。

京都府警は大規模な捜査態勢で、現場に残された物証や情報などを基に怨恨や暴力団関係などの捜査を進めていますが、犯人逮捕までにつながる確証が得られぬまま現在に至っています。

事件現場は餃子の王将本社前

事件の現場は京都市山科区西野山射庭ノ上町で、王将の本社前駐車場です。幹線道路にも近く、昼間であれば多くの通行人などもいて目撃情報なども得られたことでしょう。

王将の大東隆行社長の自宅はこの王将本社から車で10分ほどのところにあり、社長は毎朝5時半ごろに自宅を車で出て王将本社に出社して玄関前などを掃除するのが日課になっていました。

大東隆行社長は王将本社の駐車場で自分の車のドア横に倒れていたので、会社に着いて車を降りた直後に事件に遭ったものと考えられています。12月19日の朝6時少し前、まだ未明の薄暗い時刻に発生した事件です。

捜査本部などによると、大東社長は19日午前5時半ごろ、山科区西野大鳥井町の自宅から自分で車を運転して出るのを妻が見送った。本社前を掃除するのを日課にしていた。
発見時、大東社長は車の左側約1メートルの位置で倒れていた。車は左ハンドルだったことから、捜査本部は車を降りた直後に銃撃されたとみている。拳銃は見つかっておらず、犯人が持ったまま逃走しているとみられる。

出典: https://www.nikkei.com/article/DGXNZO64352250Q3A221C1CC1000/ |

被害者は王将の大東隆行社長

この事件の被害者は、「餃子の王将」の当時の大東隆行社長です。大東隆行社長は1941年生まれですから、享年72歳での凶事でした。

大阪の生まれで、「餃子の王将」の創業者が義兄だったこともあって、1969年、28歳の時に王将1号店に入店します。その後、営業本部長、取締役、常務、専務などを経て2000年に代表取締役社長に就任しました。

社長に就任したころの王将は、400億円以上の負債を抱えて潰れる瀬戸際の状態でした。大東隆行社長は飲食業としての原点回帰を基本にして財務を立て直し、従業員からの信頼も勝ち得て王将を蘇らせました。

今の王将があるのは大東隆行社長なくしては語れないと言われています。そんな大東隆行社長がこの事件で亡くなったことは、王将の従業員をはじめ多くの人に大きなショックを与えました。

10年前、うちの会社は危機だった。470億円の負債を抱えて、つぶれるかどうかの瀬戸際や。僕は3年間は財務の立て直しに精を出し、そして原点回帰を訴えた。店を改装してオープンキッチンを徹底し、作り置きやセントラルキッチンでの調理をやめた。店長の自主性を重んじることにした。それで数字が上がるようになり、借金はほとんどなくなった。

出典: https://president.jp/articles/-/2525 |

いまだ真相は解明できず

事件が起きたのは2013年12月、京都府警の懸命の捜査にも関わらずいまだに事件は解決していません。現場に残された拳銃の薬きょうや銃弾、犯人が吸ったと思われるタバコの吸い殻や移動に使用されたと考えられるバイクなどの証拠物件からも進展が得られていません。

京都府警捜査本部はこれまでに延べ16万5千人の捜査員を投入し、事件発生後5年の2018年12月時点でも91人態勢で捜査に取組んでいます。その間、関係者延べ約1900人から事情を聴取し、約610件の情報提供がありましたが捜査は長期化しています。

巧妙な犯人の計画からか捜査が難航、京都府警は引き続き情報の提供を求めています。

王将フードサービスの社長が殺害された事件に関して情報をお寄せ下さい。
平成25年12月19日(木曜日)早朝、京都市山科区内で会社社長が殺害されました。
防犯カメラ画像等のデータを含め、事件に関する情報をお寄せ下さい。
メールでの情報提供
• 京都府山科警察署捜査本部
• フリーダイヤル:0120-08-9110
• 電話:075-575-0110

出典: http://www.pref.kyoto.jp/fukei/site/sousa/oushou/index.html |

王将大東隆行社長射殺事件の詳細

この王将大東隆行社長射殺事件はまだ解決していない謎の多い事件です。事件が起きた場所や状況、残された物証や京都府警の捜査状況など、事件の詳細をいろいろな視点で見てみましょう。

この事件について詳しく解説している書籍に、一橋文哉著の「餃子の王将社長射殺事件」があります。関連人物の背景や、犯人あるいは黒幕の可能性がある人物や組織の関わりなどについて詳細に記述されているので、一読してみるのも良いでしょう。

2013年:餃子の王将本社前で

2013年12月19日の未明、朝6時少し前に、大東隆行社長は王将本社の駐車場で何者かによって拳銃で狙撃されました。午前7時ごろ、出勤してきた王将の社員が発見し、「社長が倒れている。意識がなく呼吸をしていない」と119番通報し、搬送先の病院で死亡が確認されました。

犯人は大東隆行社長の日常の行動を把握していて、付近の防犯カメラに映らないところで待ち伏せしていたものと考えられます。移動、逃走用に使った盗難バイクもその後発見されています。

大東隆行社長の財布や小銭入れは奪われておらず現金も残っているので、京都府警は強盗目的ではなく、大東隆行社長や王将に恨みを持った者の犯行の可能性が強いとして捜査しています。

大東隆行社長に4発の銃弾

大東隆行社長の狙撃に使われたのは、小型の25口径の自動式拳銃です。至近距離からの銃弾4発のすべてが胸や腹の急所に命中していました。胴体を確実に狙っていることと、近隣の情報で銃撃音が確認されていないので、サイレンサーを使ったプロの手口と考えられています。

また、日本人であれば確実に命をしとめる場合は刃物を使うのが常とうなので、犯人は外人ではないかという説も有力です。いずれにせよ、残された銃弾などから犯人につながる有力な情報は得られず手掛かりにはなっていません。

現場に残された物証など

大東隆行社長射殺事件が未解決になっているのは、殺害現場での遺留品などの物証が少ないためとも言えます。京都府警は、逃走に使用したと思われるバイクとその調達に使用したと思われる軽自動車も押収しているようですが、そこからも有力な情報が得られていません。

事件発生から2年後の2015年12月に、現場近くで発見されていた遺留品のタバコから検出されたDNAが、九州の暴力団組員のものと一致しました。事件当時、現場近くで九州ナンバーの不審な車も確認されていたので九州方面を集中捜査しましたが、犯人特定には至っていません。

用意周到で現場に有力な物証を残さなかった犯人なのか、京都府警をはじめ捜査関係者を悩ませています。

京都府警の捜査状況

王将大東隆行社長射殺事件では、事件直後から京都府警内に捜査本部が設置され、大規模な捜査が継続されています。これまでに延べ16万五千人の捜査員が投入され、約1900人への事情聴取や多くの情報提供に対する裏付け調査などが行なわれています。

現場に残されたタバコのDNAや使用されたみられる自動車などからは、九州、福岡県警とも連携して暴力団関係者などに対しての捜査も行なわれました。

しかし、いまだ解決につながる有力な確証は得られず、12月19日の事件発生日には捜査本部の幹部が事件現場を訪れて献花し、事件解明に向けて新たな誓いをたてる姿が毎年報道されています。

餃子の王将の沿革と現状

「餃子の王将」は1967年12月に京都の四条大宮に最初の店を開業したのが始まりです。創業者の加藤朝雄は1924年、九州の福岡県飯塚市の生まれで、事件被害者の大東隆行の長姉と結婚しています。

加藤朝雄の親族、創業者一族は「餃子の王将」の経営にも関わっていますが、一部の親族が独立して「大阪王将」というチェーン店を展開し競合しているところもあります。それと区別するために「餃子の王将」のなかには「京都王将」と呼称している店舗もあります。

関西を中心に展開していましたが、1970年代後半からは東京地区にも積極的に進出を始め、現在は海外も含めて約700店舗のチェーン店になっています。

1967年京都で開業

1967年12月25日に京都の阪急大宮駅付近に四条大宮店を開業したのが「餃子の王将」の始まりです。店の外には、「餃子の王将発祥の地」の碑があります。

事件で殺害された大東隆行社長も28歳の時、この四条大宮店に入店して餃子の王将での修行を始めています。この四条大宮店は餃子の王将の聖地として、全国から王将ファンが集まって、いつも混雑、繁盛しています。

餃子の王将の人気メニューはなんと言っても「餃子」ですが、その他にも「炒飯」や「餃子の王将ラーメン」、「中華飯」、「天津飯」などの基本的な中華料理が人気です。

海外を含め約700店舗を展開

当初は京都、関西を中心に店舗を展開してきた餃子の王将ですが、現在はほぼ全国展開しています。2020年の東京オリンピックのインバウンド需要に焦点をあわせ、東京に数百店を進出させるという情報もあります。

2005年には中華料理の本場、中国大連に進出、6店舗までに拡大させました。日本の店舗であることを強調するために、添付の写真にあるように看板は「ぎょうざの王将」として故意にひらがなを使っています。

中国大連はその後撤退することになりますが、女性をメインターゲットとした新コンセプト店舗「GYOZA OHSHO」を展開するなどして、海外を含め730店舗以上のレストランチェーンになっています。

王将大東隆行社長の人物像は?

事件で殺害された大東隆行社長とはどのような人物だったのでしょうか?倒産寸前だった餃子の王将を立て直し、現在のような多くの繁盛店に育て上げたのはこの4代目の大東隆行社長と言われています。

事件で殺害されるような、誰かに恨みをかうようなことがあったのでしょうか?あるいは、餃子の王将そのものに怨恨沙汰になるようなことがあったのでしょうか?

お客様を大切にし、従業員からも慕われていたという大東隆行社長の人柄や経歴などを、餃子の王将の運営状況なども含めて調べてみましょう。

王将創業者の義弟

殺害された大東隆行社長は1941年3月に、大阪市東成区で7人兄弟の末っ子として生まれました。餃子の王将との関係は、16歳違いの長姉、梅子が餃子の王将創業者の加藤朝雄に嫁いだことから始まります。

28歳で餃子の王将の1号店に入店する前に薪炭や氷販売業を経営していましたが、これも加藤朝雄の後継として行なっていた商売です。王将でも要職を任され、大東隆行は加藤朝雄からは信頼され、目にかけられていた様子が伺えます。

餃子の王様は創業者一族が要職に就き運営されましたが、3代目社長の加藤潔の時に負債が膨らみ、その子供の貴司は海外へ失踪してしまい黒い噂が付きまとっていると言われています。そんな中で4代目の大東隆行社長の会社建て直しの手腕が高く評価されています。

大東隆行は王将創業家の親族にはなりますが、個人的に恨みを買うようなことは事柄はなく、そのことで殺害されるような人物ではないと言えるでしょう。

大東隆行社長のエピソード

大東隆行社長は事件のあった朝と同じように、毎日、朝6時前には本社に一番で出社して玄関を開けて、玄関や駐車場を掃き清めて散水するのが日課でした。従業員に綺麗な会社で気持ちよく働いてもらうことと、店舗を綺麗にすることの見本とするのが目的だったと言います。

また、直営店の店長やフランチャイズ店のオーナーの名前は全て覚えていて、社員や社員の配偶者の誕生日には贈り物を欠かさなかったと言います。大東隆行社長は数多くの名言を残しています。

従業員を大切にするのは、「自分一人では何もできない。すべては従業員のおかげという感謝の気持ちが大切です。それは経営者じゃなくとも、人の上に立つ人間は誰しもが持ってないといけないでしょう」という言葉に表れているでしょう。

このような人柄の大東隆行社長が、事件で殺害されるとは誰も予想だにしていませんでした

犯人はだれか?容疑者は?

いまだに解決できていない王将大東隆行社長射殺事件ですが、怨恨なのか、暴力団の関与は、中国マフィアや北朝鮮のルートはないかなど、多角的な捜査が続けられています。犯罪ジャーナリストなどからによる報道も数多くなされています。

大東隆行社長や王将関係者の経歴や、現場に残された物証などから考えられる犯人の人物像は、不特定の一般人ではないのである程度の絞り込みができているはずです。犯人は誰か、黒幕は、容疑者は、謎に包まれた事件を捜査の各切り口ごとにその内容を紹介しましょう。

大東隆行社長への怨恨?

大東隆行社長はエピソードの項でも紹介しましたが、人柄は温厚で従業員からも信頼され、誰からも愛される性格の人でした。朝早くから王将本社の玄関や駐車場を一人で清掃している姿が、その人柄を象徴しています。

また、大東隆行社長は伝書鳩を飼育する趣味があって、大きな鳩小屋があり大会でも賞をとるなどしています。鳩を世話する姿などがよく見かけられ、地元でも有名で気さくな人柄から大東隆行社長を悪く言う人はいません。

そんな人柄から、大東隆行社長に怨恨を持つような人は考えられませんが、王将自体の仕事上のことで恨みを持たれて狙われた可能性はあります。

事件発生から4年となった19日、現場となった京都市山科区の本社前には未明から社員や住民らが次々と献花に訪れた。社員は仕事に厳しかった大東さんを思い出し「一致団結してお客さんが喜んでもらえる店にしていく」と誓いを新たにした。
現場で献花した近くの農業、西村幾雄さん(70)も「何年たっても忘れられない。地域のことをよく考えてくれ、悪く言う人なんて聞いたことがなかった」と悼んだ。

出典: https://mainichi.jp/articles/20171220/k00/00m/040/051000c |

餃子の王将への怨恨?

餃子の王将は1967年に1号店を開業して以来、現在は700店舗を超えるチェーン店に成長していますから、その過程で業務拡大のための大きな資金調達などがあったことでしょう。そのような会社運営上の問題で怨恨を生むようなことはなかったのでしょうか。

大東隆行社長の死後、この事件についての第三者委員会が設立され、主に王将と反社会勢力との関係について調査しています。その中で、1994年に創業者の長男が3代目社長に就任したころから、創業者一族の関係者に不透明な不動産取引が急激に増えていることが解りました。

その総額は200億円以上が貸付で流出し、そのうちの170億円近くが回収不能に陥っているとのことです。この不適切な取引が社長殺害の要因になっていることも考えられます。

暴力団工藤会関与の疑惑

この餃子の王将と不適切な取引をしたのは、王将創業者の加藤朝雄と同郷で福岡の暴力団、工藤会とも深い関係がある人物でした。この事件での遺留品のタバコから検出されたDNAが工藤会の組員のDNAと一致したことから、事件への工藤会の関与が大きく浮上しました。

犯行に小型拳銃が使用されている手口や、九州ナンバーの自動車が防犯カメラに映っていることなどから、捜査本部は犯人の本命とみて色めきたちました。しかし、決定的な証拠にたどり着くことはできず、もちろん立件することもできませんでした。

中国マフィアの関与も

大東隆行社長を殺害したのは中国マフィアという説もあります。25口径の小型拳銃を使って至近距離から連射するという殺しの手口が、中国人女性ヒットマンの手口に似ているという根拠です。事件の前日に入国して、事件当日に出国している出入国記録も見つかっています。

中国マフィアに大東隆行社長が狙われた理由は、大東隆行社長の肝いりの「餃子の王将中国進出」プロジェクトで現地マフィアとの間でいくつかのトラブルがあったからだと言われています。

ただ、日本にまで来て殺すほどの恨みにつながるものかは疑問の残るところです。確たる物証もないので、あくまでも一つの推理に過ぎないと言っても良いでしょう。

犯人が中国マフィアである疑いを濃くするのが、犯行に使われた拳銃だ。25口径の拳銃だとされているが、暴力団など日本の犯罪組織はあまりこの銃を使用しない。警視庁の組織犯罪捜査関係者がいう。
 「25口径は弾丸が小さく、殺傷能力が低い。訓練を積んだ者でなければ相手を死に至らしめることは難しいので、ヤクザが“殺し”に使う拳銃は35口径がほとんど。そもそも暴力団への締め付けが強いこのご時世、暴力団が白昼堂々、犯行に及ぶのはデメリットが大きすぎて考えにくい」
 店舗の売り上げや権利にチャイナマフィアが関心を持っていたとすれば、事件の重大な背景だといえる。しかも、「中国のマフィアに多い人民解放軍出身者であれば、訓練されているので、小口径の銃の扱いに慣れている」(同前)という。

出典: https://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140115/d... |

北朝鮮工作員説

北朝鮮の工作員が関与しているのではないかという説もあります。物証もなく推測だけの説とも言えますが、可能性が無いとは言えません。

一つの説は、王将が北朝鮮に対してなんらかの資金提供をしていたが、大東隆行社長がその関係を断ち切ろうとして、恨まれて殺されたという説です。

もう一つの説は、王将のこの事件が起こる6日前に北朝鮮のNo.2である張成沢が処刑されたことに関連して、張成沢の息のかかった日本に居るスリーパー・エージェントが殺害されているという説です。

大東隆行社長がスリーパー・エージェントとは考えにくいことですが、二つの事件の発生日が近いことからの推定でしょう。

大東隆行社長はスリーパー・エージェント?

スリーパー・エージェントというのは、スパイ、潜入捜査員、特殊工作員などに相当しますが、北朝鮮のスリーパー・エージェントも日本国内各地に潜在していると言われています。

この王将の事件が発生した6日前に処刑された北朝鮮のNo.2の張成沢も、偽名で何度も来日して日本に居る特殊工作員などと接触していたので、処刑を契機にこれらの工作員も粛清の対象とされたという説があります。

大東隆行社長がスリーパー・エージェントだったという仮説の根拠はどこにあるのでしょうか。在日朝鮮人が多い大阪市東成区の生まれで姓が「大東」であることが、この仮説の主な根拠と言われています。「大東」というのは在日朝鮮人が使う姓として知られているとのことです。

ただこれだけの根拠で大東隆行社長がスリーパー・エージェントとする仮説は少し無理がありますが、一つの可能性として京都府警はこの推定に基づいた捜査も行なっているようです。

捜査線上に浮かぶ人物など

2013年12月の事件発生以来、京都府警に置かれた捜査本部は懸命の捜査を続けています。この捜査線上に浮かんできた疑惑の人物などは、ここまでに紹介した暴力団ルートや中国マフィア、北朝鮮工作員説などの他にもまだいます。

王将の3代目の加藤潔社長の長男はウクライナの女性と結婚した後、現在失踪中です。この長男は創業者加藤朝雄の孫なので、創業家一族の相続権に絡んで4代目大東社長となんらかのトラブルが生じ、この事件に妻のルートでロシアマフィアが関与したのではという説もあります。

また、この事件で大東社長が殺害された時の後継社長は渡辺直人常務ですが、この発表が事件当日中に行なわれました。いろいろな手続きが必要な東証一部上場企業としては異例の速さです。会社の内部事情についても捜査本部は当然ですが捜査対象にしています。

餃子の王将の現在と今後の捜査は

社長射殺事件以降も王将では「追悼餃子」と称される餃子がヒットし、半年で20万人が来店したと言います。業績も増収を続け、今は新しいコンセプトの店舗「GYOZA OHSHO」も展開して更なる発展をとげています、大東元社長が築いた基本戦略がいまも生きているのでしょう。

京都府警は王将事件を「最重要課題」と位置づけています。「科捜研の女」や「おみやさん」など京都府警を舞台にしたドラマは難題を鮮やかに解決しています。王将事件を担当する刑事たちもプライドをかけて捜査していることでしょう。

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