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【豊田商事事件とは?】詐欺事件の真相|会長・永野一男刺殺の犯人の現在
2019年08月16日

【豊田商事事件とは?】詐欺事件の真相|会長・永野一男刺殺の犯人の現在

戦後最大の巨額詐欺事件と言われている豊田商事事件。その結末は会長刺殺という最悪なものになっています。多くの人が騙された豊田商事の詐欺手口とは?会長の永野一男を刺殺した男2人は何故、会長を刺殺する暴挙に出たのか?豊田商事に関する深い闇と謎について深堀します。

豊田商事事件とは?

豊田商事事件は、日本の歴史上において最悪の巨額詐欺事件です。被害総額は2000億円、詐欺の被害者は3万人。そして豊田商事事件は悪徳詐欺のみならず、会長である永野一男が自宅で刺殺されるという最悪な結末を迎えた事件でもありました。

今回は豊田商事事件の詐欺の詳細と真相、会長・永野一男を刺殺した犯人の現在にスポットを当ててお伝えしていきたいと思います。

豊田商事が引き越した詐欺事件の真相と詳細

豊田商事が引き越した詐欺事件の真相と詳細
豊田商事が引き起こ巨額詐欺事件は、戦後最大の詐欺事件として今でも語り継がれています。詐欺被害額も2000億円でしたし、詐欺手口も時代背景を利用した巧みなものでした。のちに豊田商事の詐欺事件と同様の手口が横行し、詐欺事件が後を立ちませんでした。

豊田商事詐欺事件は34年前に起こった

平成最後の2019年。今からさかのぼること34年前に詐欺事件が起こりました。事件が発覚したのは、大阪に住むある親子が弁護士事務所へ相談に訪れたことから始まっています。

母と一緒に弁護士事務所を訪れた息子の話によれば『母が資産運用として金を購入したのだが、色々と不審に思う点があり騙されているのではないか?』というものでした。当時、日本はバブル経済前夜で土地や株などの価格が急上昇している時代背景がありました。

バブル到来で資産運用する人が増える

バブル到来で資産運用する人が増える
ちょうどその頃、金の資産運用が解禁されたばかりで、多くの人から金が資産運用として注目されるようになっていました。ここに目を付けたのが豊田商事の創業者で会長でもあった永野一男です。

豊田商事は永野一男が1981年に大阪に創設した金を扱う商事会社で当時、金を扱う会社は少なかった為に急速に会社の規模拡大を図っていました。

日本経済の背景を利用して豊田商事は多くの人に金の資産運用話を持ちかけます。

豊田商事の悪どい手口とは?

豊田商事の悪どい手口とは?
豊田商事が行っていた悪どい手口はペーパー商法と言われるものでした。3万人もの人たちを一体どのようにして騙していったのでしょうか?具体的な騙しの手法をみてみましょう。

騙しの手口の流れ

  • 豊田商事のセールスマンが自宅に訪問してくる
  • 金の価値や優位性を長時間に渡り資産運用に最適であると説明する
  • セールスマンの説明に根負けしたお客さんが金購入の契約をする
お客さんが金購入の契約を交わしてしまえば、あとは豊田商事側のセールスマンが自分たちの良いように誘導をしていくだけです。

購入した金を豊田商事側に預けないか?と持ちかける

豊田商事の悪どい手口とは?
金を購入したお客さんにセールスマンはある提案をしていました。それは、『購入した金を豊田商事側に預けて資産運用をしませんか?』というもの。

豊田商事側に金を預けてもらえれば年利10%利息を支払うという提案をお客さんに持ちかけます。そして、金購入の証明として『純金ファミリー契約証券』という証券を渡していました。

このような手口で豊田商事は3万人から2000億円という巨額な資金を得ていたと言われています。

豊田商事の詐欺事件の常套手段とは?

豊田商事の詐欺事件の常套手段とは?
豊田商事の巨額詐欺事件が事件として発覚するまで時間が掛かっています。

実は、多くの詐欺事件に共通していることなのですが、新規の顧客に対して、必ずといっていいほど契約時に高額な利息を支払うとうたっています。利息を支払うことで運用されていると顧客に信用させていたのです。

詐欺師が使う常套手段を豊田商事事件も使っていました。

約束通りに利息が支払われていることで、集めたお金はきちんと運用されていると安心し、詐欺だとは疑う余地もなかったのでしょう。
新規顧客に利息が支払われていたこともあり、豊田商事から金を購入するお客さんは後をたたず、このことが被害者数3万人という数字になり、自殺者も出てしまうという状況に発展していったのです。

被害者からの相談が国民生活センターなどへ殺到

1985年の始め頃、購入した金の現物がなかなか手に入らないことに疑念を抱いた顧客たちが、国民生活センターへ相談するようになり、次第にその数が急増するようになりました。これがきっかけで世間に豊田商事の事件が明るみに出ることとなります。

その後社会問題化され始め、豊田商事関連事件の相談窓口も設けられました。

同年4月には、豊田商事の関連会社だった鹿島商事の社員が逮捕されたのをきっかけに、詐欺事件としての捜査がスタートしたのです。

豊田商事会長・永野一男刺殺事件はこうして起こった

当時、永野一男会長宅前には会長が逮捕されるという噂があり、多くの報道陣が詰め掛けていました。事件当時、永野一男会長は一人で自宅にいたと思われます。

そこへ自称右翼と名乗る二人の男が現れ、取材をしていたカメラマンが持っていたパイプ椅子で社長宅の窓を割り室内に侵入し、会長の永野一男が刺殺され、テレビで放映されてしまうという前代未聞の事件が起こってしまったのです。

右翼と名乗る男二人が突然訪れる

多くの報道陣が会長宅で張り込みをしている中で、かき分けるように二人の男が突然、会長宅前に現れます。当時、現場で張り込み取材をしていた毎日放送の記者が、二人の男を不審に思い声をかけました。

「何しに来たのか?」という記者の問いかけに対して二人組の男は「被害者に頼まれて永野をぶっ殺しに来た」と答えています。

男二人が会長宅に侵入し刺殺する

二人の男たちは記者の質問に答えた後、近くにあったパイプ椅子で、当時会長がいた部屋の窓をドンドンと叩き、窓枠をいとも簡単い外してしまい室内へ侵入してしまいます。殺気立っていた様子を感じた記者が110番通報をしますが、時すでに遅く、血まみれになった男が室内から出て来たのです。

室内から出て来た男の手には軍刀が握られていたといいます。

刺殺現場がテレビで放送されてしまう

永野会長が刺殺された現場は騒然。現場に居合わせた報道陣の誰もが現場で殺人事件が起こるとは予測していなかったでしょうが、会長が刺殺された現場がそのままのテレビで放送されていました。

後に現場の状況は写真週刊誌フォーカスで、永野会長の死体写真を掲載しています。


写真週刊誌フォーカスは、様々な事件の写真を載せていることでも有名な週刊誌でした。昔は報道のコンプライアンスも曖昧だったので、載せたもん勝ちという風潮がありました。

世間の批判がマスコミに集中

世間の批判がマスコミに集中
永野会長が右翼と名乗る男二人に公開処刑という形で刺殺され、瀕死の状態の会長をテレビに映したマスコミの暴力報道に対しての非難が集中しました。

マスコミに批判が集中した理由

  • 男二人が会長宅へ侵入する前に報道陣と15分くらい押し問答をしていた
  • 現場にいた報道陣が犯人を静止できたのではないか?
  • マスコミは瀕死の人の姿をテレビで映し、血まみれの犯人を映す暴力表現をした
瀕死の状態だった永野会長の姿をテレビで流してしまったことへの批判も多かったと言います。今は過激な暴力表現のある映画などには年齢制限が設けられていますが、当時はまだそのような配慮は報道の世界にはありませんでした。

NHKでは『子供には見せないでください』と慌てて呼びかけをする程、ショッキングな映像でした。
その場にいた報道陣は40名程度と言われていましたので、室内に侵入する前に静止することも可能でしたし、その場で警察を呼ぶこともできたでしょう。しかし。あくまでも当時は『報道が第一という考えがあった』と取材していた記者が語っています。

豊田商事永野一男会長刺殺事件を起こした犯人は?

豊田商事永野一男会長刺殺事件を起こした犯人は?
豊田商事会長・永野一男を刺殺した2人の男は、自称右翼と名乗っています。裁判では実刑が言い渡されているので実名報道もされています。

会長・永野一男を刺殺した犯人は一体どのような人物だったのでしょうか?

主犯格は飯田篤郎

自称右翼と名乗っていた主犯の飯田篤郎は、大阪の豊中市で鉄工所を営んでいました。自ら経営する工場では、障害者や高齢者などの雇用を積極的に行っていましたが、5億という負債を抱え工場は倒産していました。

取り調べの中で飯田は、『豊田商事事件とは直接関係なかったが、高齢者を食い物にしていた永野が許せなかった』『知り合いに頼まれた』という動機で永野一男を刺殺したと供述しています。

共犯者は矢野正計

飯田と同じく右翼と名乗っていた共犯者の矢野正計は、建築作業員で、飯田に恩義があるため事件に加担したと供述しています。

飯田篤郎・矢野正計共に実刑判決が言い渡される

豊田商事会長刺殺事件の裁判では、飯田は懲役10年、矢野が懲役8年の判決が言い渡されています。

裁判で飯田は『会長の永野一男を殺すつもりはなく、裁判所へ出頭を促すために訪れた。刺殺してしまったのはマスコミに煽られたからだ』と述べ、裁判所はこの供述を信用できるものとして判決を下しました。

裁判の判決は温情ではないのか?

裁判の判決は温情ではないのか?
巨額詐欺の豊田商事事件から、永野一男会長刺殺事件へと発展していまったのですが、会長を刺殺した飯田と矢野の判決が温情ではないのか?という憶測が当時飛び交いました。

通常、殺人事件の判決の場合世間の味方は冷ややかなのですが、会長刺殺事件に関しては心情的に理解を示す人が多かったと言います。それくらい豊田商事が引き起こした巨額の詐欺事件は国民にショックを与えたものだったことがわかります。

報道陣が殺人を煽ったのか?

また、会長の刺殺事件で犯人の飯田と矢野は、逮捕当初は『豊田商事に騙された老人たちに頼まれて犯行に及んだ』と供述していましたが、後に、現場にいた報道陣に煽られたという供述もしており、裁判を4回起こしていますが全て棄却されています。

この辺りのことは、事件現場にいた犯人たちと報道陣とのやり取りなので実際のところは謎に包まれています。

飯田と矢野は本当に、会長の永野一男に出頭を促すためだけに会長宅を訪れたのでしょうか?

豊田商事会長刺殺事件には黒幕がいた?

豊田商事会長刺殺事件には黒幕がいた?
実は豊田商事会長刺殺事件には黒幕がいたのでは?という噂があります。何故、このような噂が、まことしやかに囁かれるようになったのでしょうか?

当時囁かれていた噂をまとめてみました。

豊田商事会長刺殺事件で囁かれていた噂

  • 会長の永野一男は口封じに殺されたのではないか?
  • 警察部外者が関与しているのではないか?
  • 主犯格の飯田は借金返済のために依頼を引き受けたのではないか?
  • 豊田商事の幹部が飯田と手を組み会長を刺殺させたのではないか?
ここに挙げきれないくらいの噂が当時、囁かれていました。それくらい豊田商事と豊田商事会長刺殺事件には私たちが知らない闇が隠されているのでしょう。

豊田商事会長の永野一男のみが真実を知っているということになりますね。

豊田商事会長刺殺事件の犯人の現在とその後

豊田商事会長刺殺事件の犯人の現在とその後
ここでは、豊田商事の会長永野一男を刺殺した2人の犯人、飯田と矢野について色々とお伝えしたいと思います。実刑を言い渡された飯田と矢野ですが、出所しているのでしょうか?

出所していたとすれば現在、どのような生活を送っているのでしょうか?

飯田篤郎について

1986年に行われた最初の裁判で、飯田篤郎は懲役15年の求刑に対し、懲役10年の実刑が言い渡されました。その後判決を不服とし上告しますが棄却され、1990年に懲役10年が確定しています。

現在は、期を終え近畿地方で妻と生活をしているようです。

矢野正計について

飯田より2年刑期が短く8年という実刑を受けた矢野もまた、現在は刑期を終え出所しています。出所後は大阪で妻と5人の子供と共に生活をしていたようですが、2010年に広島に引越しをしています。

当時、矢野と同じ刑務所にいた人の話によると『俺はやってない』を繰り返し、口癖のようになっていたと言います。

豊田商事事件の真相は?その謎に迫る

豊田商事事件の真相は?その謎に迫る
豊田商事の会長、永野一男を刺殺されてしまった今、真実を語る人はおらず真相は闇の中となっていますが、豊田商事の巨額詐欺事件には多くの謎が残されています。

顧客から集めた2000億円の行方は?

豊田商事が顧客から集めた2000億円という資金ですが、蓋を開けてみたら残っていたお金は1割程度だったとも言われています。事件が発覚した後、被害者に返金されてはいますが、その額はたったの2000万円でした。

顧客から預かっていたお金は一体どこへ消えてしまったのでしょうか?当時から裏社会の組織へお金が流れていたのでは?との憶測もあります。

会長永野一男の優雅な豪遊ぶりに疑問

当時、会長の永野一男の豪遊ぶりが噂されていました。高級車を何台も所有し、ジェット機も所有していましたが、その生活ぶりは質素そのものだったと言います。

事件の舞台となったマンションは庶民的なもので、最後に永野が持参していたお金は711円だったと言います。会長よりも社員の方がとても良い暮らしをしていたとの報道もあり、その生活ぶりは謎に包まれています。

永野会長はお金の使い方を知らない成金だったのでは?とも言われていますが、バブル前夜という時代背景がいびつな金銭感覚をも生んでしまっていたのかもしれません。

会長が刺殺された時の状況についての謎

会長が刺殺された時の状況についての謎
豊田商事事件という巨額詐欺から始まっている会長の刺殺事件ですが、会長が刺殺された時の現場の状況にも疑問と謎が渦巻いています。

永野一男会長は、自らの逮捕が近いことを察してなのか報道陣への対応のために私設でマンション前に警備員を常駐させていました。実は犯人の飯田と矢野が警備員に『永野に会わせろ』と要求したことで連絡を取ろうと持ち場を離れた隙を狙って室内に突入したと言われています。
警備員が持ち場を離れたのはタイミングが良すぎとの憶測も飛び交い、仕組まれていた計画なのでは?とも言われています。

犯人が会長宅へ侵入したのは一瞬の出来事だったようです。

豊田商事に関する一連の事件が映画化される

内田裕也さんや北野武さんらが出演している『コミック雑誌なんかいらない』という映画は、1985頃に日本で実際に起きた事件や事故などを取り入れて作られた作品で、豊田商事に関連する一連の事件も題材として入れられています。

映画の題材もそうですが、出演している俳優陣たちも、当時世間をお騒がせしていたという異色のキャストになっています。ニューヨークやロサンゼルスでも公開されている作品です。

映画の題材になってしまうほど、豊田商事に関連する一連の事件は世間に大きな衝撃を与えていたという現れでしょう。

被害者を救済した1人の弁護士

豊田商事事件は巨悪な詐欺犯罪といて世間に認知されていくと同時に、事件がクローズアップされればされるほど、被害者へのバッシングも見えないところで起きていました。そんな被害者たちを一心不乱で救済した1人の弁護士がいたことをご存知でしたか?

その弁護士とは、平成の鬼才と言われた中坊弁護士です。

事件後倒産した豊田商事のは破産管財人となり被害者救済に尽力されました。
通常、会社が破産や倒産をすると債権回収は難しいと言われています。しかし、中坊弁護士はあくまでも被害者救済へ目を向け、社員たちが納めた税金までをも回収したのです。回収した金額は総額100億円。

無理だとされていた資金回収に成功したのです!

このような中坊弁護士の想いを汲んだ1000人以上の弁護士が無報酬でいいからと、被害者救済に手を挙げ闘ったと言われています。

現在でも語り継がれている豊田商事事件

現在でも語り継がれている豊田商事事件
戦後最大の歴史的詐欺事件でもある豊田商事事件は、平成の今現在でもテレビで取り上げられるほどの大きな詐欺事件でした。

2018年にはたけしのアンビリバボーでも豊田商事事件が取り上げられました。今もなお高齢者や弱者を狙う詐欺事件が横行していますが、自分には関係のない話と簡単に片付けず、誰の身にも降りかかることなのだということを忘れてはいけません。

戦後最大の巨額詐欺事件を通して私たち消費者は、冷静な判断が必要になってきます。後を立たない詐欺事件、ますます巧妙な手口が常習化しています。

豊田商事事件から学ぶこともたくさんあります!自分の身は自分で守りましょう。

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