Search

検索したいワードを入力してください

【自衛隊機乗り逃げ事件】行方不明のLM-1はどこへ?事件の真相を調査
2019年02月06日

【自衛隊機乗り逃げ事件】行方不明のLM-1はどこへ?事件の真相を調査

今から46年前に起こった自衛隊機乗り逃げ事件。乗り逃げされた機体と容疑者の双方が今も行方不明のまま発見されていません。乗り逃げされた自衛隊機や容疑者の情報、捜査によって新しく発見された情報、残されている謎を整理しながら、事件の真相に迫っていきます。

自衛隊機乗り逃げ事件とは

自衛隊機乗り逃げ事件とは
自衛隊機乗り逃げ事件とは、1973年6月23日、栃木県宇都宮市にある陸上自衛隊北宇都宮駐屯地で起こった事件です。

午後9時頃、陸上自衛隊北宇都宮駐屯地の滑走路からLM-1型連絡機と呼ばれる航空機が突如離陸しました。

運用時間外であったため管制塔は閉鎖されて無人の状態だったため、青天の霹靂なできごとに夜間の陸上自衛隊北宇都宮駐屯地は騒然となりました。

そして乗り逃げされた自衛隊機と容疑者は行方不明となり、現在まで発見されていません。

行方不明となった容疑者のプロフィール

行方不明となった容疑者のプロフィール

隊内の調査で、同駐屯地に駐屯していた航空学校宇都宮分校(現宇都宮校)所属の整備員3等陸曹(当時20歳)が飲酒の上、行方不明となっていることが判明した。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A... |
世間を騒がせた自衛隊機乗り逃げ事件の容疑者は誰であったのか。当時の状況証拠から一人の容疑者が浮かび上がり、断定されました。

容疑者は当時陸上自衛隊北宇都宮駐屯地に駐屯していた、航空学校宇都宮分校所属の整備員3等陸曹で、当時の年齢は20歳でした。

事件発生の直前に飲酒する姿を目撃されており、その後人員確認のために行われた点呼にて行方不明が発覚しました。

それらの状況証拠が決め手となり、自衛隊機乗り逃げ事件の容疑者は3等陸曹とされています。

乗り逃げされた自衛隊機LM-1

乗り逃げされ行方不明となった自衛隊機はLM-1型連絡機と呼ばれる小型機でした。

LM-1型連絡機は富士重工業で製造され、自衛隊でははるかぜの愛称で呼ばれています。最高で7名まで乗ることができ、最長1,556kmの飛行が可能な自衛隊機です。

容疑者である3等陸曹は整備のためにLM-1型連絡機、はるかぜに同乗したり、他の自衛隊機を操縦した経験がありました。

それが、LM-1型連絡機が犯行に使用された理由である可能性が高いでしょう。

自衛隊機LM-1はどうして乗り逃げされたのか

自衛隊機LM-1はどうして乗り逃げされたのか
なぜ自衛隊機は持ち出され、乗り逃げされるに至ってしまったのか。なぜ容疑者によってLM-1が離陸されるまで事件が発覚せず、対処が遅れてしまったのか。

また、なぜ当時から現代にいたるまで、行方不明となった容疑者とLM-1が発見できないような事態になってしまったのか。

そこには現場の状況や自衛隊機の管理状態など、さまざまな要素が重なったことに原因がありました。

無人状態の管制塔

現場である陸上自衛隊北宇都宮駐屯地は事件発生当時の午後9時頃、運用時間外であったため管制塔が無人の状況でした。

そのため、LM-1の乗り逃げが発覚したのは自衛隊機が陸上自衛隊北宇都宮駐屯地から離陸した直後のことです。

行方不明になる前のLM-1の目撃情報

無人状態の管制塔
事件発覚当時、南に向けて離陸していく自衛隊機LM-1が目撃され、連日かけてのレーダーによる捜索が開始されました。

乗り逃げされたLM-1型連絡機の航空無線との連絡を試みましたが、返信は一切返ってくることはありませんでした。

その理由は3等陸曹が無線機の使い方を知らなかったためなのか、意図的に連絡を無視していたのか、真相は容疑者、自衛隊機とともに闇の中です。

自衛隊機管理状況の問題

陸上自衛隊北宇都宮駐屯地では過去の火事の際に厳重な施錠が原因で、自衛隊機を焼失してしまったことから、自衛隊機の格納庫にはかんぬきをかけるのみという警備状況でした。

そのため、整備士でありかんぬきの外し方を知っていた3等陸曹であれば格納庫から自衛隊機を持ち出すことは可能であったと言われています。

持ち出しが容易かつ離陸するまで事件が発覚しなかった管理環境に、関係者7名が管理責任を問われ処分を受けました。

現在の事件の結末

現在の事件の結末

離陸後、飛行場は航空無線で何度か連絡を試みましたが、無線の使い方を知らないからか、それとも意図的になのか、LM-1から返信されることは最後までありませんでした。

出典: https://news.nicovideo.jp/watch/nw3500691 |

捜索は自衛隊だけでなく、警察や海上保安庁も総力を挙げて1か月に渡って行われましたが、残骸ひとつ見つかることはなく、結局K三曹は同年8月1日付けで行方不明(生死不明)のまま懲戒免職となりました。

出典: https://news.nicovideo.jp/watch/nw3500691 |
容疑者である3等陸曹と、乗り逃げされたLM-1型連絡機の双方が行方不明となっているこの自衛隊機乗り逃げ事件。

捜査の終わったこの事件は、容疑者の身柄、問題となった自衛隊機自体、事件の真相を判明させられる証拠品、証言のどれもが未発見のままです。

容疑者であり現在も行方不明の3等陸曹は事件発生から1ヶ月後、生死不明の懲戒処分とされました。その他にも、自衛隊機の管理責任を問われ関係者7名が処分を受けた後、事件は一応の解決とされました。

行方不明のままの容疑者とLM-1

一応の事件解決を迎えた後も、事件の犯人が本当に容疑者である3等陸曹だったのか、行方不明のLM-1はどこへいってしまったのか。

それらの真相は明らかにならないまま、事件発生から50年近くも経過してしまいました。

行方不明になった容疑者の動機とは

自衛隊という国の警備を担う機関に起こった、突然の事件の発生は当時の世間に衝撃を与えました。

当時のメディアでは行方不明の容疑者、事件現場の状況、動機などについて報道され、捜索が続けられましたがついに行方不明となったLM-1も容疑者も見つかることはありませんでした。

しかし、事件現場に立ち会っていた関係者の証言や条項証拠の矛盾から、行方不明の容疑者の動機に関する推察がたてられています。

そのうちでも有力な2つの説をご紹介します。

飲酒による衝動的犯行


事件発生直前の時間帯、容疑者である3等陸曹は駐屯地内にある隊員用の酒場でビールを飲んでいる姿が確認されています。

その後の事件発覚、3等陸曹の行方不明の発覚を経て、3等陸曹が飲酒により操縦したいという衝動を抑えきれなくなり犯行に至ったという説が提唱されました。

しかし、3等陸曹単独による衝動的な犯行とするには少々疑問点が残されていることが捜査により明らかになりました。

衝動的犯行には疑問点も

飲酒による衝動的犯行

曹は整備士として副操縦席に搭乗経験があったのみで操縦訓練は受けておらず、搭乗経験もLM-1では2時間10分しかなく、しかも酒が入った状態で単独で夜間飛行でき、市街地に墜落しなかったこと自体が奇跡であった。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A... |
乗り逃げされたLM-1型連絡機がしまわれていた格納庫は、セキュリティこそ突破が容易なものの、扉自体の重量が数トンもあり個人で開くには難しいものでした。

また、乗り逃げ事件が実行された午後9時はすでに日も沈みきっており、管制塔も機能していないことから経験のある操縦士でも離陸は難しい状況と言われています。

行方不明となった3等陸曹は整備士であり、整備のために同乗したり操縦した経験はあるものの、十分な操縦技術を身につけるには時間が不足しています。

なんらかの手段を使って単独でLM-1を持ち出し、安全に離陸させたとするならば、飲酒による衝動的な犯行という点は否定されることになるのです。

共犯者との計画的な犯行

共犯者との計画的な犯行
現在に至るまでの捜査で新たに提唱されるようになったのが、行方不明となった3等陸曹共犯者と協力し計画的に犯行に及んだという説です。

単独で犯行を行うためには行方不明になった3等陸曹に技量や下準備が不足しているということから、下準備、犯行に協力した共犯者がいるのではないかと声を上げる人がでました。

行方不明直前の容疑者の目撃情報

事件当時現場に居合わせていた関係者の証言によって、事件が起こり行方不明となる近日に3等陸曹が駐屯地関係者以外の男と言葉を交わしていたという目撃情報があったことがわかりました。

さらに、行方不明の3等陸曹は操縦士になるための試験に落第しているという事実も確認されています。

つまり、操縦したいという欲求を常日頃から抱えため続けていたと考えられるということです。

共犯者の存在をにおわせる状況証拠

共犯者の存在をにおわせる状況証拠

3曹は整備士として副操縦席に搭乗経験があったのみで操縦訓練は受けておらず、搭乗経験もLM-1では2時間10分しかなく、しかも酒が入った状態で単独で夜間飛行でき、市街地に墜落しなかったこと自体が奇跡であった。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A... |
逃亡直後からレーダーによる観測に発見されることがなかったことから、行方不明のLM-1はかなりの低空飛行を行っていることが予測されました。

それほどの低空飛行には一定以上の技量が必要になってくること、経験の浅い3等陸曹がそのような操縦をしていながら市内に墜落するなどの事件に繋がらなかったことも捜査関係者を驚かせています。

複数人の協力者がいた可能性

共犯者の存在をにおわせる状況証拠
もし外部からの共犯者がいたとするなら、技量不足である3等陸曹の代わりに操縦幹を握り逃亡を手伝った可能性も見えてきます。

事件の発覚は離陸後であったため、行方不明当時のLM-1に何人の人間が乗っていたかは明らかにされていません。

果たして共犯者がいたのか、いたとすれば何人だったのか。

行方不明となったLM-1と容疑者の発見とともに明らかになるだろう真実は、今も多くの関係者の頭に疑問として刻まれています。

行方不明の自衛隊機はどこへ

行方不明の自衛隊機はどこへ
容疑者である3等陸曹を乗せて行方不明となった自衛隊機、LM-1型連絡機
彼らは一体どこへ行ってしまったのでしょうか。

容疑者はもちろん自衛隊機さえも発見されていない現在、いまだに彼らの双方が行方不明のままです。

しかし搭載されていた燃料や離陸時に目指していたとされる方角の情報から、二つの説が提唱されています。

海洋に不時着した説

まず一つ目は、行方不明となった彼らはどこかの地につくことなく海洋に不時着し、そのまま沈没してしまったという説です。

LM-1が市街地や山間部に墜落した形跡は見つかっておらず、いまだに発見されていないことから海洋に不時着したことが有力視されています。

しかし、いかに海洋といえど近隣の海洋に不時着すれば漁にでていた漁船などに発見されたはずだと疑問点もあげられています。

そういった目撃情報もでておらず、どのあたりに不時着しLM-1が沈んだのかは見当もついていない状態なのです。

一番近い茨城県沖の太平洋に飛んで行ったと推測されるのですが、結局誰も見ていないため真相は藪の中であり、自衛隊最大のミステリーとしていまも語り継がれているのです。

出典: https://news.nicovideo.jp/watch/nw3500691 |

北朝鮮に逃亡した説

北朝鮮に逃亡した説
もう一つ、当時は発表されなかった関係者の証言を元に提唱されるようになった説があります。それが、行方不明となった3等陸曹がLM-1に乗って北朝鮮に逃亡したという説です。

当時の社会状況を見返してみると、自衛隊などの機関には北朝鮮からの諜報員が入り込んでいたという事例も少なくはありませんでした。

もし3等陸曹の犯行が計画的なものかつ、外部からの共犯者と協力して行われたものだとするならば、北朝鮮の諜報員と交流を持ち協力を得ていた可能性があります。

当時のLM-1に搭載されていた燃料を加味しても、ぎりぎり北朝鮮まで飛行して渡ることも可能であったと言われているため、現代において海洋に不時着した説と並び有力視されているのです。

日本海で墜落したか、もしくは北朝鮮に飛んだ可能性もあります。70~80年代は向こうの工作員が多く日本に入国していました。そういった人間が協力したと考えると納得いく部分もあるし、航空機の燃料も北朝鮮ならなんとか届く量でした

出典: https://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/110539/ |

容疑者やLM-1が発見される可能性

容疑者やLM-1が発見される可能性
現在にいたるまで行方不明のまま発見されていない容疑者、3等陸曹と乗り逃げされた自衛隊機、LM-1型連絡機。

彼らが今後発見される可能性はあるのでしょうか。

もし行方不明の3等陸曹が発見されることがあれば事件の真相がはっきりと、明らかにされることもあるでしょう。

あるいは墜落したLM-1が見つかれば、発達した現代の科学技術により事件の真相に迫る証拠が発見されるかもしれません。

当時から現代までの捜査によって

当時レーダーでも発見できずほとんど追尾ができないまま行方不明となったLM-1が今どこにあるのか、明確な見当もついていません。

果たして容疑者は機体とともに発見不可能などこかへ沈んでしまったのか、それとも逃亡に成功しどこかの地で生存しているのか。

未解決のまま捜査の打ち切りを迎えた事件に本当の結末がくることに期待をかける他はないでしょう。

容疑者生存の可能性があるうちに

容疑者生存の可能性があるうちに
今容疑者が生きているとすれば60代後半。まだ生存している可能性も十分考えられる年齢です。

事件の真相が容疑者、あるいは別の事件の当事者本人の口から語られる時が来ることがくれば、この事件は本当の解決を迎えるでしょう。

後数年、容疑者生存の可能性が潰えないうちはそれを期待しながら事件の新たな進展に目を光らせていきたいと思います。

Related