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【地下鉄御堂筋事件】社会を変えた痴漢・レイプ事件の詳細、犯人とは?
2019年03月20日

【地下鉄御堂筋事件】社会を変えた痴漢・レイプ事件の詳細、犯人とは?

女性専用車両や「痴漢は犯罪です」ポスターが産まれるきっかけとなった地下鉄御堂筋事件。勇気ある女性と身勝手な男性が起こしたこの事件は、今の社会に大きな影響を与えています。この記事は女性軽視の時代を覆す一手となった痴漢から始まったこの悲劇を紹介していきます。

地下鉄御堂筋事件とは?痴漢事件なの?

地下鉄御堂筋事件とは1988年11月4日に発生た強姦事件です。地下鉄御堂筋事件とも呼ばれています。この事件名から電車内での痴漢事故のような印象を受けますが、実際は痴漢行為を注意された男性による逆恨みの犯行であり、地下鉄御堂筋線の痴漢行為はこの事件の起点でしかありません。

この御堂筋線で起きた痛ましい事件は社会の反響が大きく痴漢対策ポスターに今ではおなじみの言い回しである「痴漢は犯罪です」女性専用車両の導入のきっかけともなりました。

この記事では痴漢に対する世論の認識を変えた地下鉄御堂筋事件や犯人についてまとめていきます。

地下鉄御堂筋事件はなぜおこった?

なぜこのような世間を変えた強姦事件が起こってしまったのか?始まりは1988年11月4日。当時は今より痴漢に対する意識も薄かった頃です。

同日の21時頃に地下鉄御堂筋線にて、2人組の男(以降、C・Dとする)が地下鉄御堂筋線で痴漢被害を受けていた女性(以降、B子とする)を今回の被害者となった女性(以降、A子とする)が目撃。

このA子さん自身もC・Dによる過去の痴漢被害者であり、見て見付ふりをしている周囲の乗客に業を煮やして、A子さんがB子さんのジッパーを上げてB子さんを逃した上でC・Dに以前に痴漢被害を受けたことも嗜める流れとなりました。ここでB子さんはこの事件から退場します。

御堂筋線内での被害者と犯人のやりとり

痴漢被害を受けた女性を救ったA子さんですが、痴漢の犯人であるCとDを咎めたことによりこの2人から逆恨みをされることとなりました。

CとDは咎めた際に悪びることも謝罪をすることもなく、A子さんが以前C・Dによる痴漢被害を受けた際に同行していた女性(以降、E子さんとする)に会わせろと要求。

この時A子さんは周りに助けを求めなかった理由として「周りの人は怖がってジロジロ見るだけで、声を出してももし誰も来てくれなかったら、今度は何をされるかわからないと思った」と後に胸中を話されています。

御堂筋線降車後の犯人と被害女性の動き

B子さんを救ったものの、C・Dに目をつけられてしまったA子さん。誰にも助けを求めることもできずに、A子さんはC・Dに無理やり難波駅で降車させられ、E子さんを公衆電話で呼び出すように要求されます。
恐怖心に駆られたA子さんはE子さんを我孫子駅前の喫茶店に呼び出す形となりました。

御堂筋線・我孫子駅周囲でのできごと

A子さんにE子さん呼び出しの公衆電話をかけさせた後に、CとDは腕を引っ張るなど、無理やりA子さんと共に御堂筋線に乗り込み我孫子駅へ。

呼び出されたE子さんは御堂筋線我孫子駅前の喫茶店にやってきて、CとDに交際を迫られますが、断ってすぐに帰宅。この時にA子さんも逃げ出しますがCとDは追いつき「自転車で頭かち割る」「コンクリート詰めで海に放り込む」等のA子さんに命の危険性を感じさせるような脅しをかけ、更にA子さんに付き纏います。

痴漢を注意した女性に対するレイプに発展

この後A子さんはC・Dのよってマンション建設現場にA子さんを強制連行され、バンドで殴ったりのこぎりで脅すなどの暴力行為を行い拒否権を奪い、最終的に2人がかりでレイプしました。

これが痴漢ポスターや女性専用車両のきっかけとなった、地下鉄御堂筋事件の内容となります。

地下鉄御堂筋事件の犯人とは?

地下鉄御堂筋事件の犯人とは?
地下鉄御堂筋事件の犯人であるCとDですが、痴漢を通じ合い知り合ったそうです。それぞれ大阪市西成区の大阪府住之江区の出身で、共に無職。

またA子さんを脅す際に「少年院あがりだ」と脅し文句をかけていることと、裁判でも「同情すべき育成歴がある」と言われていることから、以前から素行不良であった事は推してしれますね。

地下鉄御堂筋事件の裁判の行方

地下鉄御堂筋事件の裁判の行方
裁判の時は弁護側証人としてCとDの母親が呼び出される形となり、共に「いかに同情すべき育成歴か」を証言し、情状酌量の余地があることが争点となりました。

しかしこの犯人2人に共通している経歴として、定職にも付かずに親や妻に金をせびって生活をしながら痴漢行為を繰り返していたという事実もある上に、傍聴していた方々も、口を揃えて真剣に反省している様子は見られなかったと言っていますね。

二人とも反省していると述べたものの、全く反省の色は感じられない。〇〇(※編集注:犯人の一人の名字)は犯行の動機を「付き合っていた女に逃げられ、ムシャクシャしていたから」と証言する有り様。弁護人から「女性にも落ち度があった。逃げようと思えば、逃げられた」だの「周囲の人間が見て見ぬふりをしなければ、犯罪に至らなかった」だのという、あまりにも理不尽な「盗人、猛々しい」類の弁護が行われた。

出典: https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20160310-0005... |

地下鉄御堂筋事件の犯人に対する求刑は?

以上を踏まえて検察側は裁判所に対し4年の求刑を求めましたが、犯人は最終的に3年6ヶ月の判決を言い渡される形となりました。痴漢を咎められたことによる居直り犯罪であることと、事件が被害者に大きな打撃を与えたことが判決の決め手となりました。

裁判所が出した見解に波紋

裁判所が出した見解に波紋
しかしこの時に「前途ある青年であること」と母親二人の証言により「同情すべき育成歴」があるということで情状酌量の余地があるとされ、求刑よりもやや減刑された形で着地。

犯人2人は犯行をすぐに認めており裁判は長期化しませんでしたが、後にこの地下鉄御堂筋事件は大きく社会に影響を及ぼすこととなりました。

地下鉄御堂筋事件が与えた社会への影響

地下鉄御堂筋事件が与えた社会への影響

地下鉄御堂筋線事件が女性に残した傷跡

犯人や被害者のA子さんの身辺については判決が出た後は特に進展はありません。

しかし判決の際に発された「前途ある青年」と「周りに助けを求めなかった女性にも落ち度があった」という言葉は社会、特に女性に対して大きな衝撃を与え、強い危機感を持った女性が多く現れることとなりました。
実際にA子さんを引きずって連れて行く姿などは御堂筋線の車内や難波駅、我孫子駅で目撃されているにもかかわらず、誰もが怖いから見て見ぬふりをしていた実情があるんですからね。

性暴力を許さない女の会が発足へ

性暴力を許さない女の会が発足へ
この事件を気に危機感を覚えた女性が「性暴力を許さない女の会」が発足。事件の翌月に大阪市交通局に以下3点に対する要望書を提出します。

性暴力をなくすよう、車内広告やアナウンスなどで積極的なPR活動をする。
性暴力を誘発するようなポスターなどを掲示しない。
駅員(できれば女性)を増員し、女性の性暴力被害を防ぐと共に、被害があった場合は迅速な対応を行う。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84... |

御堂筋線事件当時の交通局の返答がひどい

御堂筋線事件当時の交通局の返答がひどい
大阪市交通局はこの要請を受けて小暴力対策委員会を発足し「巡視や見回りの強化」「女性に気をつけるように自衛手段を取るように協力を求める」と返答するのみでした。要望と比較すると少し足りませんよね。以下ポスターの内容を引用します。

あなたの勇気 ありがとう

もし、めいわく行為の被害にあったら、ためらわずに大きな声を出してください。

あなた自身と まわりにいる みなさんの

勇気ある協力を……

すり・ひったくりにもご用心!

大阪府警察 関西鉄道協会

出典: https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20160310-0005... |

各鉄道会社も痴漢を見て見ぬふり?

この返答に納得ができなかった性暴力を許さない女の会は同じ内容の要望書を書く各私鉄会社に送付。

しかしこの時の各私鉄会社の返答も「性を全面に出したくないから迷惑行為はやめましょうキャンペーンとしている」といった回答が中心で、痴漢に苦しむ女性を護るという意識は薄いと言う、地下鉄御堂筋事件当時の痴漢に対する意識の低さが浮き彫りとなる形になりました。

大阪府警までもが痴漢に対する意識が薄い?

翌年である1989年、地下鉄御堂筋事件を受けて大阪府警と関西鉄道協会は痴漢に対する意識の強化のポスターを制作します。その内容は「痴漢行為にあったら、勇気を出して大きな声を出しましょう」と言った趣旨のものでした。

性暴力を許さない女の会の主張は一貫して「女に注意を呼びかけるんもではなく、男に痴漢をやめろと呼びかけるべき」であり、実際にレイプに発展した地下鉄御堂筋事件も周りが見て見ぬふりをしたから起きた悲劇でした。勇気を出しても無駄な可能性が高かったんです。

地道に活動を続ける性暴力を許さない女の会

地道に活動を続ける性暴力を許さない女の会
この後も性暴力を許さない女の会は活動を継続し、1993年には「セクシャルハラスメントと斗う労働組合ぱあぷる」と協力して「STOP痴漢アンケート」を実施。交通局や私鉄各社へと5年が経過したこの記事でも訴えかけるなどの動きがありました。

ちなみに、「性暴力を許さない女の会」のメンバーは、全員が匿名で活動している。それは活動を始めた当初、実名でこういった活動を行うことに風当たりが強かったからだという。

「私たちの活動の先輩に当たるグループ(東京)の女性は、勤めていた大手企業をクビになりました。そういう時代だったんです」

出典: https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20160310-0005... |

地道な活動に遂に大きな動きが?

この地道が活動を功を奏した結果、地下鉄御堂筋事件は風化することはありませんでした。

この流れで社会的な機運も強まり、1994年に大阪府の鉄道警察隊がようやく重い腰をあげました。痴漢に対する啓蒙ポスターを作成するに当たり、性暴力を許さない会に内容の打診があったのです。

変化があったのは1994年。会のメンバーは「突然、鉄道警察隊から連絡があった」と振り返る。ポスター制作にあたって「意見を聞きたい」という理由だった。「迷惑行為」ではなく、「痴漢」という言葉をちゃんと使ってほしいということなどを伝えた。

出典: https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20160310-0005... |

痴漢は犯罪ですポスターの誕生へ

性暴力を許さない女の会の意見を聞き入れた事と地下鉄御堂筋事件を受けて、鉄道警察隊は今まで「迷惑行為」と掲載していたポスターに、きっちりと「痴漢」という言葉が使われるようになりました。

鉄道会社は言葉の響きからそれでも渋ったようですが、警察が指導したため仕方なく対応を始めたと言われています。

各私鉄が痴漢ポスターを渋った理由は収入源のため?

「車内広告は鉄道会社の収入源でもあるから、それまでは鉄道会社もなかなか動いてくれなかった。でも警察が言い始めたから仕方なかったんでしょうね。『痴漢は犯罪です』というポスター、最初の頃はホームの片隅に、すごく短期間だけ貼られていました。でも私たちにしてみれば、『(被害者に対して)注意しましょう、声を上げましょう』っていうポスターから『痴漢は犯罪』とはっきり打ち出したという転換がすごく大きかった。感動的でした」(「性暴力を許さない女の会」メンバー)

出典: https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20160310-0005... |
実際な所マイナスイメージしかありませんし、お金がないと鉄道も動かせないので各社、中々渋っていた様子が浮き彫りになっていますね。地下鉄御堂筋事件があってもこの有様なので、今や当たり前になるまでに、どれだけの地道な活動があったのでしょう。

2000年には女性専用車両も導入

今では各私鉄で当たり前となっている女性専用車両ですが、ここまでの流れで遂には2000年に女性専用車両が誕生することとなりました。その歴史はまだまだ浅く、最初の導入は地下鉄御堂筋線ではなく、京王電鉄京王線の試験導入が最初となります。

また関西と関東で微妙に名称が違い、東日本地区では「女性専用車」とされ、関西地区では「女性専用車両」と呼ばれています。

女性専用車両に法的な拘束力はない?


専用とは言われていますが女性専用車両は法的な拘束力はなく、各事業者が男性客に任意の協力をお願いする形で運用されています。開き直って女性専用車両に侵入する男性も存在するほどですが、やはりそういった男性に対する風当たりは強いようです。

女性専用車両についての怒りの声



法的な拘束力はないという部分で問題は多いようですね……。

痴漢に対する現代社会の今

今では当たり前となった痴漢は犯罪ですのポスターや女性専用車両と言った存在。しかし発端は男性の独りよがりな行動により起きた地下鉄御堂筋事件があったことを忘れてはなりません。
地下鉄御堂筋事件判決後のA子さんは今は語られることもありませんが、「痴漢を注意したら男二人にレイプされた」という事件は一生心に闇を落としますし、二度と繰り返してはいけないことでしょう。全ては地下鉄御堂筋事件と言った悲劇があって、実施されていることなのです。

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