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マブチモーター社長宅殺人放火事件とは?死刑囚小田島鉄男の生い立ちなど
2019年03月21日

マブチモーター社長宅殺人放火事件とは?死刑囚小田島鉄男の生い立ちなど

マブチモーター社長宅殺人放火事件について知っているでしょうか。真相が分からないまま数年にわたり未解決の事件でしたが、とある情報提供によって一気に犯人が明らかになったことで、世間の話題になりました。そんなマブチモーター事件の真相と二人の死刑囚について迫ります。

マブチモーター社長宅殺人放火事件とは?

マブチモーター社長宅殺人放火事件とは?
マブチモーター社長宅殺人放火事件は、金品を狙った計画的な殺人放火事件です。

犯行には刑務所で知り合い意気投合した二人の男性が関わっていたものの、事件後も犯人像がつかめず、未解決のまま風化して終わるかと思われていました。そんなマブチモーター社長宅殺人放火事件の概要と事件の死刑囚についてみてみましょう。

マブチモーター社長宅殺人放火事件の概要

マブチモーター社長宅殺人放火事件は、二人の男による金品を狙った凶悪犯罪です。

被害者を殺害した後、金目の物を持ち去り、証拠隠滅のため住宅に放火しています。

事件が発覚してからしばらくの間、犯人が全く絞り込めず、捜査は難航し、途中から情報提供を世間に呼びかけることとなります。そうすると、ある人物から情報提供があり容疑者が浮上しました。

それから一気に捜査は進み、犯行を行った男性らは再逮捕され、重い法の裁きを受けることとなりました。

マブチモーターとはどんな会社?

マブチモーターは小型モーターの大手企業です。創業者の馬渕健一が、フェライト磁石を使った小型で耐久性の高いモーターを発案し、おもちゃ用に売りに出したところ世界でシェアを占めることになりました。

マブチモーターのつくる小型モーターが使われている身近な例でいえば、自動車のミラーやドアロックの中の部品、DVDやCDドライブの部品、プリンターやデジカメなどです。

マブチモーター社長宅殺人放火事件があった2002年、当時の社長は、創業者の馬渕健一ではなく、馬渕隆一となっています。

被告人のプロフィールと生い立ち

マブチモーター事件の被告人・小田島鉄男

マブチモーター事件の主犯格の男で、裁判後は死刑囚になっています。マブチモーター事件当時は59歳で、逮捕されたときは62歳でした。

生まれる前に父親は死んでおり、母親の祖父母の子として育ちました。母の交際相手の家や、親戚の家を転々とし、4歳の頃には母親から無理心中も迫られており、波乱万丈な子ども時代を送っています。

金銭に貧窮し前科を重ねている

生活は貧しく、お金に困ることが多いようでした。未成年の頃は、お店のレジの引き出しから金銭を盗んだりして補導されています。また、空腹に耐えかねて食べ物を盗むなどして少年院にも送られていました。

少し大きくなり、17歳になってからは住み込みなどで働いていましたが、やはりお金に困り、指輪を盗んで逮捕され、実刑判決を受けています。

その後、成人してからも窃盗や傷害などを起こし、各地の刑務所で獄中生活を送っていました。マブチモーター事件を起こし、死刑判決を受けるまで、前科は多数あります。

マブチモーター事件の共犯者・守田克実

マブチモーター事件を小田島鉄男と一緒に実行した男性で、鹿児島生まれです。現在は死刑囚として東京拘置所にいます。

幼い頃に両親は離婚し、父と一緒に暮らして育っています。一度高校を途中で退学しており、大阪の会社に勤めながら再度、定時制の高校に通い卒業しました。また、同じ会社の女性と付き合うようになり、交際したのちに結婚し、子供もできています。

ギャンブルにハマってから人生が傾き始める

結婚後、ギャンブルにハマるようになり、借金が増えました。会社も退職し、離転職を繰り返し、女性とも離婚しています。その後も悪い人生を歩む一方で、無免許や窃盗で服役、ついには殺人を犯してししまいました。

事件の主犯である小田島鉄男とは刑務所内で知り合っています。小田島鉄男から資産家の金品を強奪する計画を繰り返し聞かされ、徐々に感化されて共犯関係になったそうです。

事件の舞台は千葉県松戸市常盤平

マブチモーター事件が起こったのは、千葉県松戸市の常盤平です。松戸市は千葉県で3番目に人口が多い都市で、約48万人とされています。

松戸市の治安面は、特別悪くはなく、一般的な範囲だと言われています。一口に松戸と言っても範囲が広いため、治安の良し悪しは松戸の場所にもよります。

マブチモーター社長宅殺人放火事件の詳細

マブチモーター社長宅殺人放火事件の詳細
マブチモーター社長宅殺人放火事件の詳細について掘り下げていきます。

事件で死刑囚となった二人の男の足取りや凶悪で計画的な犯罪の手口は、非常に恐ろしいものでした。

事件は小田島鉄男が服役する宮城刑務所から始まった

マブチモーター社長宅殺人放火事件が発生するきっかけとなる出来事は、1992年です。主犯格の小田島鉄男は当時、練馬三億円事件の共犯者だったため、懲役13年の実刑判決を受け、宮城刑務所で服役していました。

宮城刑務所で小田島鉄男が服役しているとき、マブチモーター事件の共犯者となる守田克実と出会っています。小田島鉄男は、守田克実は自分と初めて気が合った人物だそうです。

小田島鉄男は服役中にマブチモーター事件を計画

小田島鉄男は、服役中にもかかわらず出所したあとに行う犯罪の計画を当時から立てていました。刑務所内で読める雑誌などで情報収集を行い、ノートにまとめ、緻密に計画を組んでいたことが分かっています。

守田克実と仲良くなった小田島鉄男は、マブチモーター事件の計画を二人で何度も話すようになり、一緒にやろうと刑務所内で持ち掛けています。計算では10億は手に入ると考えていたそうで、そのときは折半する予定だった様です。

小田島は、犯行のターゲットとして「会社として利益が出ていて、ワンマン経営で、大金をある程度自由に動かせるオーナー社長を狙おう」と考えた。小田島は獄中で雑誌などを読んで会社の内容などを調査し、多数の会社の持ち株率・借金状態・住所・電話番号など、各種のデータをノートに書き込み、情報を収集した。小田島はその結果、多数の候補の中でも会社の経営状態が良く、社長の持ち株率も高いマブチモーターを一番の有力候補と考えた。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%96%E3%83%81... |

先に出所した守田は無職のまま小田島鉄男を待った

先に出所した守田は無職のまま小田島鉄男を待った
2000年に、小田島鉄男より先に仮釈放された守田克実は、小田島鉄男が出所してくるまで、犯罪や違法な行為をしながら、無職のまま生活をしていました。

具体的には、浮浪者の名義を利用して物を売買したり、健康保険証を取得する、消費者金融からお金を借りると言ったものです。携帯を外国人に転売したり、借りたお金でフィリピンへ旅行、パチンコなどをしています。

知人の紹介で運転手の仕事もしていますが、楽に大金を手に入れる方法を考えていたそうです。小田島鉄男の出所日が近づくと守田克実は連絡をとり、アパートを借りて準備もしていたとされています。

マブチモーター事件は用意周到な準備の下で行われた

小田島鉄男は出所後もマブチモーター事件の計画を実行する意欲を持っており、共犯の守田克実と一緒に犯行の準備を入念に行いました。

まずパスポートの偽造をしています。計画実行後に海外へ高飛びして警察のマークから外れることや豪遊を予定していました。

そして、マブチモーター社長宅にうまく侵入するために、何度か周辺を下見したり、電話をかけていつ家にいるか調べるなどもしています。

小田島はアパートに着くと、宮城刑務所の中で話した「マブチモーターを狙う計画」についてMと話し合った。 Mは「小田島に計画を実行する気持ちがまだ残っていれば、やるつもりだ」と考えていたため、小田島から「マブチモーターの社長宅を狙おう。Mさん、気持ちは変わってないか」などと切り出し、犯行計画を実行する気持ちに変化がないか確認された上で、改めて「10億円くらいは手に入る」などと切り出されると、Mは「大丈夫です。やりましょう」と答えた。

そのため2人はその場で、刑務所内で話した計画の内容を再度確認し、億単位の金員を強取できるものと期待し、これを実行することを決めた。小田島はその際、Mに対し「事件を起こした後、警察からのマークを避けたり、海外逃亡できるように、他人名義のパスポートを作りたい」と相談した。Mは「小田島が逮捕されれば、自分の身も危うくなる」と考えたことから、これに協力し、前記の方法で入手した浮浪人の個人情報・同人名義の国民健康保険証などを小田島に受け渡した

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%96%E3%83%81... |

下見の末に出た犯行の計画は残忍なものだった

下見や入念な準備の結果、小田島鉄男らが出した計画は次のような物でした。

まず宅配業者を装って玄関を開けさせ、建物に侵入、中の女性を人質に取り、社長を刃物で脅し、身代金で多額のお金を要求、現金を持ってこさせ一家を殺害、証拠を消すために家に放火し逃亡、という段取りでした。

その後、犯行に必要な道具である段ボール、刃物、テープ、ガソリン、交通手段の自転車を準備し、その日を待ったそうです。

小田島鉄男らはマブチモーター社長妻子を殺害し放火

小田島鉄男らはマブチモーター社長妻子を殺害し放火
2002年8月5日午後3時ごろにマブチモーター事件は決行されました。小田島鉄男と守田克実は計画どおりに宅配業者を偽装してマブチモーター社長宅へ行っています。

そのときに応対したのは馬渕の長女で、小田島鉄男ら2名は宅内へ押し入りました。その後室内にいた馬渕の妻に刃物を突き付け、長女と妻を家のネクタイで拘束し、目と口をテープでふさいでいます。

マブチモーター社長宅への侵入に成功した小田島鉄男らは、家の中の金品を物色し、持ち去っています。奪った金品は、具体的には外国製の高級腕時計、ダイヤの指輪など複数の貴金属などです。

当初の計画とは違い女性を殺害した

馬渕邸への侵入は成功し、金品の物色も終わった小田島鉄男らは、拘束した妻と長女の首をネクタイで締めあげて絞殺しました。そのとき、馬渕の妻は「なぜそんなことをするの」と涙を浮かべて訴えたそうです。

被害者を殺害した後、小田島鉄男らは家を放火して、海外に逃亡しました。当初の計画では女性らは人質にする予定でしたが、実際の犯行では金品を盗むだけに終わっています。
事件現場となった馬渕邸跡は以下の位置です。現在は別の建物となっています。

小田島鉄男らは盗んだ金を浪費し更に強盗殺人を犯す

小田島鉄男らは盗んだ金を浪費し更に強盗殺人を犯す
マブチモーター社長宅から金品を奪った小田島鉄男らでしたが、人質を取る計画と違って思うように大金を得られませんでした

マブチモーター事件を起こした後、両名はそれぞれ奪った金銭を浪費し、再びお金に困ることになります。小田島鉄男は、生活費やパチンコ、自動車学校の費用などに充て、守田克実は旅行やフィリピン女性との交際、パチンコに使ったそうです。

お金に困った二人は、再び資産家を狙った強盗を計画して、大金を得ることを画策しました。その結果、歯科医の男性と金券ショップ経営者の妻を殺害し、金品を強盗するに至っています。

2つ目の犯行の東京都目黒区歯科医師強盗殺人事件

小田島鉄男らは、マブチモーター事件の次に、歯科医院を狙って強盗殺人を犯しました。

歯科医院の前はゲームソフト会社の社長の家を狙っていましたが、防犯設備が整っており断念したそうです。その帰り際に歯科医院を狙うことを小田島鉄男は考えています。

狙われた歯科医院は、電話帳の一番上に掲載されていたからという理由でした。この犯行でも下見を行い犯行を決定しています。

殺害を指示した小田島と従う守田の凶悪な犯行

小田島鉄男らは盗んだ金を浪費し更に強盗殺人を犯す
犯行は小田島鉄男が歯科医師の自宅の勝手口から侵入し、刃物で被害者の左側胸部を刺し、金品を強奪しています。そのとき守田克実は被害者自宅の近辺で待機していました。

小田島鉄男に電話で呼び出された守田克実は、犯行現場で縛られている被害者を殺害するように小田島鉄男に指示されたそうです。指示どおりに守田克実は被害者を絞殺しています。

犯行を終えた小田島鉄男らはそのまま見つからずに逃亡しました。

その後、小田島から「(首を)絞めてくれ」とCの殺害を指示されたMは、殺意を持った上で、Cの首をタオルで首を力一杯絞めつけた。被害者Cは顎が少し上がった状態で「うっ」と苦しそうな声を出し、体が緊張した状態になったが、そのままMが首を絞め続けると首の力が抜け、やがて力が抜けてだらんとした状態のまま、身動きをしなくなった

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%96%E3%83%81... |

3つ目の犯行の金券ショップ経営者妻殺害事件

2つ目の犯行の後、得た金品を一か月で浪費した両名は、再び金銭に困ることになりました。しばらくは窃盗で生活を繋いでいたそうです。

守田克実は小田島鉄男にまた金持ちの家を狙おうと持ち掛け、今度は金券ショップの経営者を標的にする計画が立ち上がりました。以前に小田島鉄男が訪れた金券ショップが、繁盛していたのが印象に残っていたからだそうです。

小田島鉄男らは警察官を巧妙に装い被害者を殺害

犯行は警察官に偽装して金券ショップ経営者の自宅を訪問して強盗を行うというものでした。犯行当日に被害者の自宅を警察官の服装で訪れると、経営者の妻が玄関を開けて対応しました。

小田島鉄男らはそのまま家に侵入し、被害者の顔を殴打、ナイフで脅して拘束しましたが、被害者は抵抗したため、催涙スプレーを吹き付けています。被害者から金品のありかを聞きだし、強奪したのちに被害者を絞殺により殺害しました。

被害にあった妻子についての遺族・馬渕隆一の心境

被害にあった妻子についての遺族・馬渕隆一の心境
マブチモーター社長の馬渕隆一は、事件で妻と娘を失うことになりました。

事件が起こったのは2002年の8月ですが、2003年に馬渕隆一は社長を当時の専務と交代し、取締役会長に退くことを決定しています。このことについてマブチモーター広報は、事件との関連性はなく、世代交代だとしました。

社長を退いてから馬渕隆一は初めて報道各社に自身の心境を告白しています。「妻と娘は自分の心のよりどころであり太陽と花のような存在だった」「失った今は心のホームレス状態が続いている」「犯人を恨んではおらず、真相の解明と早い解決を望んでいる」という旨の心境を文書で明らかにしています。

マブチモーター社長宅殺人放火事件の捜査は難航

マブチモーター社長宅殺人放火事件が発覚してから、捜査はしばらく難航しています。

まず、犯行手口が今までの事件の事例に当てはまらないという、特異性がありました。そして、盗みにしては貴金属などの金目のものが自宅に多く残っていることも疑問視されています。

一方私怨による殺害で推測してみると、住宅に放火するとすぐに見つかってしまう上、社長やその家族は特に人から恨みを買うような人物ではないことが分かっています。

以上の理由から人物像や犯行目的が分からず、犯人を絞り込もうにもできないという状態が長く続いた様です。

事件進展のため情報提供に謝礼金を出すと発表

事件進展のため情報提供に謝礼金を出すと発表
マブチモーター事件が発生して2年経った頃に、マブチモーター社長が世間に向けて謝礼金付きの情報提供を募りました。

情報提供により犯人逮捕につながった場合、謝礼金は1000万円を贈ると当時に開かれた会見で発表しています。マブチモーター社長は、時が経つにつれて事件が風化していき、このまま解決せず、真相を知れずに終わることを恐れ、この発表に踏み切った様です。

多くの情報が寄せられましたが、謝礼金付きの情報提供を集めだしてからも、しばらくは決定的な情報はつかめずに時が過ぎています。

お悔やみ泥棒で小田島鉄男らは現行犯逮捕された

お悔やみ泥棒で小田島鉄男らは現行犯逮捕された
小田島鉄男らが3つの事件を起こし金品を得たあとも、同じように空き巣を数百件繰り返しており、合計約数千万円分の被害を出しています。

2005年ごろ、葬式に出た医者や会社員の家を中心に盗みに入るお悔やみ泥棒を小田島鉄男らは行い、得た金銭でフィリピンへ出国していました。そして再び帰国して2005年1月20日に高齢女性の家に泥棒へ入り、その日に窃盗容疑で現行犯逮捕されました。

情報提供で小田島鉄男らと事件の関連性が浮上

2004年ごろ、ある証言で小田島鉄男らとマブチモーター事件との関連性が浮上することになりました。主に2人の人物の情報が有力な証言となり、マブチモーター事件の捜査は一気に進みます。

以前に宮城刑務所で小田島鉄男らと一緒にいたという男性から、「事件の計画を話していた人物について知っているので、情報を買ってくれないか」という電話が、マブチモーターの本社に入ったそうです。

また、2004年の12月に小田島鉄男らの知人の男性から「小田島と守田は事件について詳しかった。自分も馬渕邸の強盗に加わるように誘われたが断った」という証言や、小田島鉄男らが後に「事件は俺たちがやった」と言うのを聞かされた、という話をしています。

これらの証言で、小田島鉄男らとマブチモーター事件が関連している疑いが出て、捜査は進展しました。

マブチモーター事件の捜査が進み小田島鉄男らを起訴

有力な証言により、小田島鉄男らとマブチモーター事件の関係性が浮上し、警察では裏付け捜査が行われました。その結果、任意の取り調べで守田克実が犯行を認めました。一方小田島鉄男は一貫して「関係ないからわからない」と関与の否定をしていたそうです。

守田克実の素直な取り調べの応じにより、宮城刑務所から計画していたことや、小田島鉄男に誘われたことなど、事件の詳細がすべて判明しました。

小田島鉄男は関与を認めませんでしたが、守田克実の自供もあり、犯罪を立証することは可能と判断され、強盗殺人・現住建造物等放火・住居侵入の3つの罪で、二人は起訴されることになりました。

マブチモーター事件の裁判とその後

マブチモーター事件の裁判とその後

2006年に守田克実に死刑判決が下される

まず2006年12月19日に守田克実に死刑判決が下されました。死刑という量刑選択の理由としては次のように裁判長は述べています。

一度殺人の罪で服役しているにも関わらず、人命を奪ったことを悔い改めた様子が見られないこと、遊びのお金を得るために、罪のない人を4人も殺害する行為は、人間性の片鱗も感じられず、極めて凶悪、矯正の余地もなく、極刑に妥当するとしています。

守田は死刑判決から控訴し減刑を求めた

守田克実は死刑が言い渡された判決公判から控訴し、最終的に最高裁まで裁判は行われました。「一部の犯行は小田島が独断でしたものだ」と守田は主張し減刑を望みます。

しかし、いずれの公判でも裁判所は一貫した態度を取っています。守田克実の訴えに、殺害の動機に酌量の余地はなく、何ら関係のない人々を4人も殺害した罪は大きいため死刑は免れないものであると主張しています。

守田克実の上告は認められず、死刑はそのまま確定しました。

2007年に小田島鉄男に死刑判決が下される

2007年3月22日の判決公判で、小田島鉄男に死刑が言い渡されました。

小田島鉄男が行った犯行は計画的かつ凶悪な殺人ですが、死刑という判断を裁判長が下した理由は次のようなものでした。

小田島鉄男は犯した罪を悔い改め反省する場である刑務所内で、次の犯罪の計画を立て、仲間を募るなど、反省の欠片も見いだせない行為をしています。

また、小田島鉄男には前科が多数あり、反社会的な心理傾向が根深いこと、人の命を奪うことに対し何も感じていないように見え、人間性の欠片も見えないことなどを死刑の量刑選択の理由として挙げています。

小田島鉄男は死刑の判決を素直に受け止め、控訴はしませんでした。結果、そのまま死刑判決が確定しています。

小田島鉄男・死刑囚は2017年に病死している

法務省によると畠山死刑囚は食道がんで治療中だった。16日午後10時すぎ、脈拍が低下して意識障害が生じ、午後10時半、拘置所内の医師によって死亡が確認された。

出典: https://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/170917/evt17091711... |
小田島鉄男死刑囚は、2017年に食道がんを患っていることが分かりました。

本人の意思で手術などによる治療は望んでおらず、痛み止めによる症状を和らげる療法を行っていました。2017年9月に病状が急変し、10時半ごろに東京拘置所内で亡くなっています。年齢は74歳でした。

斎藤氏は02年に起きたマブチモーター事件で、馬渕社長の妻と娘を殺害し、自宅に放火した小田島鐵男元死刑囚の身元引受人となっていた。

「死刑判決が確定する1カ月くらい前でしたが、小田島から『確定すると、これまでのように文通、面会ができなくなる。形だけでいいから、身元引受人になってくれませんか』と頼まれたんですよ。しかし引き受けたものの、金品の差し入れを要求されるのではないかと、憂鬱でした。ともあれ、小田島は控訴を取り下げ、死刑判決を確定させた。そして、あにはからんや、ガンにかかったのですが、治療を拒否し、獄死した。死を前にして懺悔したわけです」

出典: https://www.asagei.com/excerpt/98655 |

社長宅のその後

事件後に、放火の被害にあったマブチモーター社長宅は、松戸市に寄贈されることになっています。

放火で燃えた建物のある土地は、馬渕隆一が更地にし、防災用の井戸を新たに整備しています。馬渕隆一は事件で迷惑をかけた周辺住民のために、防災や防犯でぜひ使ってほしい」として、市に寄付しました。

松戸市はこれを受けて防災用の施設を立てることを計画しました。馬渕隆一はその工事費用の一部も新たに寄付しています。

施設は2009年の4月6日に安全安心ステーションとしてオープンし、防災用品の倉庫や会議室、地域住民の会合場所として利用されています。

建物は平屋建て、約100平方メートル。防犯関連の会合に使う会議室と、貸し出し用の防犯・防災用品を収納する倉庫などがあり、職員1人が常駐する。開館は平日。庭の花壇には、「寄贈者の思い」と題したプレートが設置され、花壇の土には、妻子への思いなどをしたためた馬渕さんの手紙が埋められた。

 「日本中で二度とあのような痛ましい事件が起きないために、この場所が役立てば、遺族としてもうれしい」と馬渕さんは話しているという。

出典: http://www.shikoku-np.co.jp/sports/iblj/20090426000084 |

小田島鉄男の獄中日記を書籍化「最期の夏」

小田島鉄男は死刑囚となった後、獄中日記を書いており、作家の斎藤充功に手紙で送っていました。

斎藤充功は、本人の許可を得たうえで、日記の内容をウェブ上のブログに掲載し続けています。そのブログはのちに「最期の夏 「マブチモーター事件」強盗放火殺人犯 死刑囚獄中ブログ」というタイトルで書籍化されました。表紙は、小田島鉄男の顔写真が載っています。

また、2017年には「3650 死刑囚小田島鐡男"モンスター"と呼ばれた殺人者との10年間」という書籍も出版されており、小田島鉄男との面会や手紙などを通した交流について記された本となっています。

マブチモーター社長宅殺人放火事件の世間の声

マブチモーター社長宅殺人放火事件の世間の声
マブチモーター社長宅殺人放火事件を知った世間の声をまとめました。

凶悪かつ残忍な手口で何の落ち度もない4人が亡くなりましたが、あなたは事件についてどう思うでしょうか。

小田島鉄男らの死刑を早く執行するべきだという声

小田島鉄男、守田克実の両名の死刑囚について、すぐにでも死刑を執行するべきだ、という声が多くありました。

小田島鉄男はすでに食道がんで病死していますが、守田克実は現在も拘置所で生きています。世間の意見では、死刑囚の治療費や生活に税金を使われることに納得がいかない様です。

小田島鉄男と守田克実は、金銭を得るためにマブチモーター事件で2人、その後の強盗殺人で2人の合計4人を殺害しています。そんな悪ともいえる死刑囚が数十年も生きていては、被害者の遺族の気持ちが報われないという見方をする人は多いです。

確かに非の付け所のないほど極悪な犯行なら、すぐに死刑を執行してもいい、という考えもあるでしょう。しかし、実際問題では冤罪の可能性などもあり、死刑制度の理想と現実の差が伺えます。



こんなやつ税金で10年衣食住賄い、がん治療まで・・・・・
何で?
執行する基準、順番ってどうなってるんですか?

死刑囚100人以上いるんでしょ。何で執行しない?
懲役〇年って判決あっても収監しないのと同じじゃん。

4人遺族の無念はどうなっちゃったの。

>マブチモーターの社長の家での殺人放火事件など、3つの事件で4人を殺害した罪などに問われ死刑が確定した小田島鉄男死刑囚(74)が16日夜、東京拘置所で死亡。

出典: https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/... |

死因は食道ガンらしいですが、死刑を怖がっていたといいます。
自分勝手な人物ですね。
いつも思うのですが、こんな悪魔のような極悪人を、なぜすぐに処刑しないのですか?
死刑判決から15年も経って病死なんて、遺族は納得いかないでしょう。

この小田島という悪魔は、手記を本にして、それの印税を全てフィリピンの妻に送金してたらしいです。
判決後、即処刑台に直行にしてもいいくらいの悪魔だと思いませんか?

出典: https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/... |

防犯に対する意識が改めて高まったという声

マブチモーター社長宅殺人放火事件の内容を見て、護身や防犯に意識が高まったという人もいました。

小田島鉄男らによるマブチモーター事件は、周到な計画の下で実行されています。犯罪者もリスクを冒す以上は、成功するかどうかを見極めて、失敗のないように犯行をするはずです。

となれば、セキュリティ意識・設備の高い建物より、低い建物が犯罪の対象に選ばれやすいのは当然のことでしょう。

警察による安全の実現や、犯罪者が発生しない世の中を願うことも大切ですが、自分自身が防犯意識をしっかり持って自衛することが一番確実だといえるのではないでしょうか。

二度と同じような事件が起こらぬことを願いたい

二度と同じような事件が起こらぬことを願いたい
以上がマブチモーター社長宅殺人放火事件についてでした。小田島鉄男は裁判で死刑が確定してからも、自分が犯した犯罪についての重大さや悔いもあまり感じていない様でした。

守田克実は情報がないためどう感じているのかは不明ですが、少しでも悔い改めて懺悔してくれれば、と言うところですね。

このマブチモーター事件やその後の強盗事件では、4名の命が無為に失われています。二度と同じような悲しく無残な殺人が起こらないことを私たちは願うばかりです。

ほかの記事では、私たちの身近に起こりえるストーカーによる殺人事件をまとめたものもあります。ストーカー規制法が作られたきっかけとなる事件で、教訓や参考にもなるでしょう。

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