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時津風部屋・暴行死事件の詳細|時太山への残忍な「かわいがり」とは
2019年02月17日

時津風部屋・暴行死事件の詳細|時太山への残忍な「かわいがり」とは

時津風部屋・暴行死事件の詳細についてまとめています。17歳の若さでこの世を去った序ノ口力士が、時津風部屋・元親方とその兄弟子らにかわいがりという名のリンチを受け死亡した事件です。度が過ぎたかわいがり暴行の全貌に、遺族と世間が震えました。

時津風部屋・暴行死事件とは?

時津風部屋・暴行死事件の概要

時津風部屋・暴行死事件は、新弟子として新しく時津風部屋に入った序ノ口力士・時太山が兄弟子らにリンチを受けて死亡した事件です。

時太山は兄弟子との厳しい稽古や人間関係の不和を苦にしており、何度も相撲をやめて家に帰りたいと、両親に電話で相談していました。しかし、電話で親に諭されたこともあり、時太山は相撲を続けていました。

2007年6月26日、人間関係と稽古の厳しさを苦に感じた時太山が、相撲部屋から脱走したことがきっかけで事件は起こりました。脱走に怒った時津風部屋の親方が、兄弟子らにかわいがりを指示し、その結果、時太山はひどい暴行を受けて死亡しました。

事件の発覚後の愛知県警のザルな対応や相撲界の隠蔽体質など、世間でさまざまな疑問や不信が持ち上がった事件です。

被害者の序ノ口力士・時太山

最高位 序ノ口 39
本名 斉藤 俊
生年月日 平成元年10月23日
出身地 新潟県新潟市
没年月日 平成19年6月27日(17歳)
身長 体重 182センチ 112キロ
所属部屋 時津風
改名歴 斉藤 俊 → 時太山 俊
初土俵 平成19年5月
最終場所 平成19年7月

生涯戦歴 0勝0敗/0出(1場所)
 前相撲戦歴 1場所

出典: http://sumodb.sumogames.de/Rikishi.aspx?shikona=tokitaiza... |
今暴行事件で死亡した被害者の序ノ口力士です。本名を斎藤俊、当時17歳の若さでこの世を去りました。

序ノ口力士は相撲の地位を表す番付の中でも最下位のランクで、まだまだ力士としてこれからの駆け出しという位置づけです。

序ノ口というとおり、まだ注目されるだけの実績を残していない力士だったため、時太山の詳細なプロフィールは不明です。

時太山が存命中に、稽古場へ写真を撮りに行った人の談では、非常に体格が良いため将来は横綱になるのでは、と期待していたことを語っています。

裁判の証言の中では、煙草をポイ捨てするなど素行が悪かったという話もありますが、それでも彼に行われた凄惨な暴行が正当化される理由にはならないでしょう。

斉藤さんは新潟県新発田市内の中学を卒業後、進学した県立豊栄高を中退。4月に同部屋に入門し、5月の夏場所が初土俵だった。今場所、初めて番付に名前が載った。

出典: http://www.asahi.com/special/071005/NGY200706280008.html |

被告人の時津風部屋・元親方

本名を山本順一、製鉄所に勤める父のもとに生まれ、3人兄弟の内の長男でした。中学校の在学中に相撲の時津風部屋に入り、相撲に打ち込んだ結果、相撲の番付で上位の地位にあたる小結まで上り詰めました。しかしその後調子がふるわず、番付が幕下まで下がり、現役で力士を引退しています。

山本順一の力士としての特徴は何と言っても巨漢なことで、全盛期では体重が180キログラムありました。当時のほかの力士と比べても体が大きく体力があったため、その巨体が繰り出す相撲の様子は豪快だった様です。

事件前は周囲から温厚な人柄で知られており「象さん」の愛称で親しまれていました。しかし今事件により悪の側面が表に出た結果、彼の人生は転落し、そのまま生涯を終えることなります。

普段は暴行死事件を引き起こすような人柄ではなかったという。角界において山本に好意的な人物として豊ノ島がおり、訃報に際して豊ノ島は「相撲人生を左右する時期に、いい意味で厳しく育ててもらった」「個人としてはかわいがってもらった」と感謝の意を表して山本を偲んでいた。自身が中卒叩き上げとして三役まで上がれたのは沢山の先輩が熱心に指導してくれたからという実体験から弟子をよく褒め長所を伸ばす指導を行ったことで知られ、前述のように豊ノ島が朝青龍との稽古で重傷を負わされた際には敢然と猛抗議した。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8C%E6%B4%A5%E7%AB%9C... |

暴力か愛か今事件で疑問視された相撲界のかわいがり

特に相撲用語に言うところの「かわいがり」とは、相撲界の隠語で躾や心身鍛錬のために厳しい稽古で鍛えることを意味する[1][2]。荒稽古は親方や兄弟子による「愛の鞭」であるとされるが、「かわいがり」の名を借りた暴力により怪我をしたり、ひどい場合死亡事件が起きることがあり、問題視されている。相撲界のみならず一般的な隠語としても利用されている。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%8F%E3%81%84... |
相撲界では昔から目をかけている力士を強く育てるために、厳しい稽古をあえてつけるという文化があり、それを「かわいがり」と呼んでいます。

一方、相撲界のかわいがりは行き過ぎれば集団暴行ではないか、という見方もあります。元大相撲力士の龍虎勢朋は、土俵外の暴行はリンチだが、土俵内のリンチはかわいがりであるという見解を示しており、相撲のかわいがりは一種の集団暴行の側面があることが伺えます。

相撲以外でも相手のためを思って厳しく接するということがしばしば行われますね。一般的に厳しくする側は愛のムチだと主張しますが、される側にとっては暴力だと感じる場合もあります。当事者間の力関係やコミュニケーションによって、愛か暴力かの解釈に行き違いが出るのではないでしょうか。

しかしどんな場合であっても、相手の命を奪うようなムチは、行き過ぎた暴力だと言えるでしょう。

高砂親方は、その著書『親方はつらいよ』(ISBN 978-4-16-660643-6)文藝春秋出版で、

ぶつかり稽古は、「ぶつかられる方も痛い」練習であり、「先輩が後輩を鍛えるために、自分も痛い練習に付き合っている」と言う面が強く、ある程度体ができた人間にやる分には許容範囲である。
しかし、ビール瓶で殴るなど、一方的に痛めつける(自分に痛みが伴わない)行動は「かわいがり」とは別物であり、行うべきではない。
と主張している。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%8F%E3%81%84... |

時津風部屋・暴行死事件の詳細は?

時津風部屋・暴行死事件の詳しい解説です。ささいな事件のきっかけから始まる残忍ともいえるかわいがりは、遺族のみならず世間をも震撼させるものでした。

事件のきっかけは稽古を苦にした時太山の脱走から

今暴行事件のきっかけは時太山が時津風部屋から脱走したことでした。脱走の理由は稽古や時津風部屋の兄弟子らのかわいがりを苦にしていたからです。

事件が起こる以前から、時太山は脱走は繰り返していました。事件の6日前、6月20日には時太山は実家に帰宅するも、父親に時津風部屋に連れ帰られています。父親はそのとき、時津風部屋の兄弟子らに土下座して息子を置いてもらえるように頼み込みました。

結局、時太山は時津風部屋に留まることになりましたが、事件前日の6月25日にも両親に2回連絡をとって、脱走を試みています。しかし成功はせず、時津風部屋の兄弟子らに連れ戻されてしまいました。

県警の調べや遺族の話では、斉藤さんは25日午前9時ごろ、犬山市の部屋の宿舎から実家に「やめたい。もうダメだ」と、部屋の「おかみさん」の携帯電話で連絡してきた。自分の携帯は取り上げられていたという。斉藤さんは部屋を逃げ出し、同日正午前ごろ、部屋近くのコンビニエンスストアのそばから「迎えにきて。兄弟子が怖い」と、その後取り戻した自分の携帯電話で今度はかけてきたという。

 電話はいったん切れ、約10分後、兄弟子が「いま本人をつかまえた。これから部屋に連れ戻す」と斉藤さんの携帯電話で両親に知らせてきた。兄弟子らは、その後、斉藤さんの携帯電話を真ん中から二つにへし折ったという。

出典: http://www.asahi.com/special/071005/NGY200709270002.html |
事件が起こったのちに、両親は息子のSOSに気付いてやれなかったと後悔の言葉を漏らしていました。

新潟県に住む斉藤さんの両親は26日、「兄弟子たちが『俊を鍛える』と言うので頼もしかったのに」と悔しがった。

 亡くなる5日ほど前に斉藤さんに会った父親の正人さん(50)は「いい体になってきたな」と感じ、「相撲道の心を鍛えてほしかった。横綱や大関になれとは言わない。今頑張ればどんな社会でも通用するんだぞ」と、何度も逃げ帰ってくる息子に、心の中ではエールを送り続けていた。

 しかし、死亡翌日の6月27日に自宅に運ばれてきた遺体には、全身にあざや切り傷、足にはやけどのようなあとが数カ所にあり、顔は原形をとどめないほど変わり果てていた。

 当時、母親(42)も「入門して時太山というしこ名をもらったとき『僕名前もらったよ』って喜んで…。亡くなる前日に電話が来たとき『逃げろ』って言えばよかった…」と涙を流した。

出典: http://s01.megalodon.jp/2007-0928-1323-58/www.chunichi.co... |

時太山の脱走に怒った時津風親方がかわいがりを指示

時津風部屋の兄弟子により脱走から連れ戻された時太山は、携帯をそのあとに真っ二つにへし折られてしまいます。携帯がおられる前に、兄弟子らは時太山の両親へ電話をしており、連れ戻しますと連絡を入れていました。

同日の夜、脱走を繰り返す時太山に時津風部屋・元親方は激怒し、過剰ともいえる制裁を与えていました。時津風部屋・元親方は時太山の額をビール瓶で数回殴ったり、兄弟子らにかわいがりという名のリンチを指示しています。

時津風部屋の兄弟子らは時太山を鉄砲柱に縛り付けての何度も平手打ちしたり木の棒で叩くなどの暴行を行っています。

翌日、暴行事件が起きる26日も、ぶつかり稽古でかわいがりが行われました。具体的な内容は、通常より長いぶつかり稽古や殴る蹴る、金属バットや木の棒での暴行です。

行き過ぎたかわいがりの結果、時太山は死亡しました。

午後7時ごろ。親方は飲み終わったビール瓶で斉藤さんの体を数発殴った。
最後に額のあたりを強めに殴り血が流れた。親方は兄弟子らに「おまえらもやってやれ」
と指示。3人が「根性いれてきます」と言って、部屋の裏手や宿舎の外で30分以上、
素手や金属バットで暴行を加えた。兄弟子らは親方の前に連れて行き謝らせたが、
親方は「駄目だ。何度おまえにだまされたか」と突き放した。

翌26日。午前10時ごろにけいこが終わると、間もなく斉藤さんに対して「かわいがり」
と呼ばれる集中的なぶつかりげいこが始まった。 兄弟子1人が胸を出し、ほか3、4人が
取り囲む形で、斉藤さんが倒れると足げにしたりした。親方もそばで見ていた。
ぶつかりげいこは1時間以上続いた。

親方は兄弟子たちに続けさせたまま、風呂と食事を終えて帰ってくると、
「後はわしが面倒を見る。おまえらは風呂に入れ」と言い、けいこ場で斉藤さんと
2人きりになった。その間約20分。「あー」という斉藤さんのうめき声が聞こえた。

出典: http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1037036.html |

時太山の遺体の隠蔽に時津風らは火葬を無断で進める

時太山が動かなくなってから、救急車で搬送されるまでに約1時間ほどの時間差がありました。時太山の肌の血の気がなくなったことに気付いた時津風部屋・元親方と兄弟子らは、意識を回復させるため、水をかけたりお湯をかけたりしたそうです。

それでも時太山の意識が戻らなかったので、時津風部屋・元親方は救急車を呼ぶことに決めました。時太山が病院に搬送された結果、医師は急性心不全による死亡と診断しました。

そのあと、時津風部屋・元親方は時太山の家族に連絡もせず、無断で早急に火葬する準備をし始めています。しかし、遺族のいない火葬に疑問を感じた葬儀業者は、本当に火葬していいのか連絡を入れました。

その結果、遺族は勝手に火葬の準備をしている元親方に抗議を行い、時太山は遺体になってから故郷である新潟に帰ることとなりました。

午後0時半ごろ、意識不明になり、壁にもたれぐったりしていた。体全体が土気色に
なっていた。水をかけたが意識が戻らず、親方の「今度は温めよう」という指示で
風呂場に運び湯をかけ始めた。弟子たちは「救急車、救急車」とざわつき始めたが、
親方は呼ぼうとしなかった。
湯でも意識が戻らず、親方もようやく救急車を呼ぶことを承諾した。

出典: http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1037036.html |

時太山の両親が解剖を依頼して初めて事件が発覚

遺族は遺体の時太山の変わり果てた姿を見て、叫ぶしかなかったそうです。

あまりの遺体の怪我の様子に、遺族は死因に疑問を持ちました。外傷のような怪我が多く、明らかに急性心不全とは思えなかったからです。遺族は、新潟大学医学部に解剖を依頼しました。

その結果、稽古中の突然死ではなく、暴行による死亡だということが判明しています。もし遺族が新潟大学に解剖の依頼をしなければ、このまま自然死として扱われ、暴行事件がないものとして処理されるところでした。

本来は愛知県警が不審死に気付くべきところですが、見落としという見解を示しています。

また、遺体を見ても事件性はないと判断した警察ですが、素人の遺族でもわかるほど遺体の状態がひどいものでした。なのに、なぜプロの警察が見落としたのか、という点も世間では怪しいとされています。

「顔面は赤く腫れ、身体中にはアザとすり傷。耳は裂けていた。さらに太腿にはたばこを
 押しつけたやけどの痕が3カ所あった」。斉藤さんの叔父(44)はこう語った。
 新潟県の自宅に戻った遺体の惨状は正視に耐えられないものだった。
 「今は何も考えられない。頭がパニックになっている…」と憔悴(しょうすい)しきった声で 話した父親(50)は血圧が200まで上昇し、寝込んでしまった。

 「お兄ちゃん子だった小学3年の妹は、遺体のあまりの惨状を目の当たりにし、全身を痙攣させ、 半狂乱で『お兄ちゃーん』と叫んだ」(叔父同)。遺族は弔問に訪れた友人らにも、「とても見せられない」と、遺体と対面を断った。

出典: https://news22.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1183279069/ |

元親方・兄弟子などが起訴され証言で新たな事実も

新潟大学の解剖結果により、改めて暴行事件として再捜査され、時津風部屋・元親方と兄弟子らは逮捕に至りました。事情聴取の中で、ビール瓶で殴ったことや、リンチを加えたことを認めています。

裁判は名古屋地方裁判所で行われました。裁判の中で兄弟子の証言から、時津風部屋・元親方の夫人である女将も、暴行を指示していたことが分かっています。動機については、時太山が部屋の屋上でタバコのポイ捨てを行っていたことが関係していた様です。

兄弟子の1人、藤居正憲被告(23)の被告人質問では、元親方の山本順一被告(58)=同罪で起訴=夫人で当時、部屋のおかみさんだった祐賀子さんが兄弟子らに暴行を指示していたことが明らかになった。
 藤居被告の証言では、脱走した斉藤さんを連れ戻した父・正人さん(51)が、部屋関係者に土下座しながら部屋にとどまることを懇願した昨年6月20日、斉藤さんは部屋の屋上で喫煙し、吸い殻を階段から投げ捨てていたという。日頃から近隣住民の苦情を受けていたおかみさんは「もう我慢できない。親方もやっていいと言っているから、やっちゃいなさい」と指示したという。

出典: https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2008/10/11/kiji/K2... |
事件前20日に煙草を吸う時太山に向かい「死んじゃえばいい」と言ったり、「やっちゃいなさい」と指示する、事件が起きて時太山が泥だらけになった様子を見て「まあ、汚くなっちゃって」と言ったりなどしていたことが証言により判明しています。

元親方の山本順一被告(58)夫人のおかみの「暴言」が次々と明かされた。23歳の兄弟子は、おかみが6月20日に喫煙した時太山に「あんた死んじゃえばいいのよ」と言い放ち「やっちゃいなさい」と暴行指示したと証言。同26日には、意識のなくなった泥だらけの時太山を見て「まあ、汚くなっちゃって」と言ったとも明かした。同被告のことも「親方はもともと、ろれつが回らないのよ。酔っぱらうとしつこい」と言っていたとも話した。

出典: https://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/p-sp-tp3-20... |

現時津風部屋・親方が証人尋問で前親方に苦言

裁判の証人尋問では、現時津風親方である時津海正博が出廷しており、証言では「兄弟子が親方に逆らうのは非常に困難なこと」という旨を裁判長に訴えています。

また、今回の時津風部屋の暴行事件について、潔さのない姿勢を見せる前親方・山本順一に対し「情けない」と批判しています。

解雇に伴い同被告から部屋を継承した時津風親方は、この経緯も含めて同被告に憤りをみせた。「酒が入るとグダグダと説教し、オレのハンコ1つで(弟子を)首にできると言っていた。事件後、年寄名跡のお金(売上金)を投げ打っても、自分が何とかするといいながら、(暴行指示を否認するとは)情けない」。

出典: https://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/p-sp-tp3-20... |

時津風部屋の兄弟子らは有罪・親方は懲役5年の実刑

最終的な裁判の判決では、兄弟子らは5年の執行猶予付き、元親方は懲役6年の有罪となっています。

裁判長は、兄弟子らに対し、執行猶予を言い渡していますが、親方の指示に反対するのは困難とはいえ、暴行行為に対する刑事責任は重いと述べています。

伊塚被告は「おわびしても、おわびしきれない。一生をかけて償っていきたい」。木村被告は「この判決を重く受け止め、生涯を懸けて罪を償っていきたい」。藤居被告は「裁判を通じて真実を明らかにしようと努力したつもりです。これで終わったと思っていません」と弁護士を通じてコメントした3人はこの日、相撲協会を正式に解雇された。原木弁護人は「木村被告は、相撲中継の映像を見るだけで苦しい、と言ってました」という。

出典: https://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/p-sp-tp3-20... |
また、元親方に対しては、暴行を指示するなど、犯行を主導しており、兄弟子らより刑事責任は重いとしています。

判決の後、時津風部屋・元親方は、解雇されたときの退職金を遺族への被害弁償に充てています。そのことから情状酌量が認められ、最終的に懲役5年の減刑となりました。

ちなみに弁償の総額は約6460万円だそうです。

判決は、2日間に及んだとされる暴行のうち1日目夜の暴行について、兄弟子の目の前で、前親方がビール瓶で殴った後に「おまえらも教えてやれ」「鉄砲柱に縛っておけ」と発言した状況などから、暴行の指示があったと判断。「兄弟子らは、文言以外の暴行を加える指示もした趣旨と受け止め、従ったと認められる」として、「殴るけるなどの明確な指示はなく、兄弟子らが勝手にやった」との弁護側の主張を退けた。

 また、2日目朝の「ぶつかりげいこ」については、被害者が逃げ出したことなどに前親方は腹を立てていたとして、「制裁の目的が含まれていたと推認できる」と指摘。入門間もない斉藤さんに対して、激しいけいこを異例の長時間続けさせ、金属バットや木の棒で殴るなどしていることから、「正常なけいこの範囲を明らかに逸脱したもの」として違法な暴行と認定した。

出典: http://www.asahi.com/special/08020/NGY200905290003.html |

かわいがりで死亡した現役力士は他にいる可能性も

上記の画像で示されていることは現役で亡くなった力士たちとその数です。実にその数17人となっており、世間の見方では、相撲のかわいがりが原因で死亡した力士もいたのではないかと噂されています。

特に時津風部屋の力士の死者数に注目してみてください。他の部屋よりも、現役で死亡している力士の数が多いのが分かります。数にして3人です。現役力士の死者の中で17人中3人が時津風部屋の力士となっています。

偶然とも考えられますし、真偽のほどは当事者にしか分かりません。しかし、今暴行事件における時太山のかわいがりのように、力士によるリンチが横行していた可能性もあります。

また、死因は心不全や白血病となっていますが、今事件の愛知県警の対応を見るに、死亡原因の隠蔽の可能性も考えられるのではないでしょうか。今事件ことも考慮すると、相撲界の風通しの悪さを感じてしまいますね。

151 名前: 釣氏(コネチカット州)[] 投稿日:2007/09/30(日) 03:55:25 ID:ypYbmevDO
稽古中に死んだ人は今まで17人居るらしいな
その中で何人が虐待で殺されたんだろう

ちなみに時津風部屋はこれで三人目で、断トツの最多記録だとさ

166 名前: Webデザイナー(沖縄県)[sage] 投稿日:2007/09/30(日) 03:58:43 ID:oxN7QALp0
>>151
その内、遺族に遺体を見せず相撲部屋側で火葬したのってどれくらいあるんだろうな‥

出典: http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1037036.html |

時津風部屋・暴行死事件を知った世間の声は?

時津風部屋・暴行死事件を知った世間の声は?
時津風部屋・暴行死事件を知った世間の反応をまとめています。相撲業界の隠蔽体質への批判、被害者の時太山や遺族への同情の声が寄せられています。

時太山の両親への同情と被害者の冥福を祈る声

時太山は当時17歳でありながら、厳しい相撲の世界に飛び込んでいることから、世間ではその姿への共感と冥福を祈る声があります。

地位を表す番付では序ノ口という最下位層の力士ではありましたが、体格の良さなどの素質は見られ、生きていれば十分に立派な相撲取りとしての活躍もありえたことでしょう。

今回の暴行事件がなければ、夢と希望を与えるすごい力士になった可能性もありますし、そうでなかったとしても、本来は彼にも幸せな人生を歩む権利があったはずです。

今暴行事件により、これからの未来がある若い命が失われたことは残念なことです。
時太山の冥福を祈ると共に、少しでもこのようなひどい事件が減ることを願いたいものですね。

私も通信高校生だったので17歳で社会に出たため、早くに自分の道に出て頑張っていた彼と応援していた彼の父の気持ちを思うと涙が止まりません。
もちろん、私が出た社会というものより何倍も何倍も辛く周りの期待もあったでしょう。
本人も私より何倍も何倍も夢や不安があったでしょう。
ただただ彼のご冥福と御家族の心が少しでも癒えることを願うばかりです。

出典: https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/... |

被告人の病死を死に逃げとする辛辣な意見も

被告人である時津風部屋・元親方の山本順一は2014年8月、刑期の途中で肺がんを患っています。病院へ入院し、闘病の状態でしたが、64歳で死去しました。

やはり暴行事件の内容から、世間では時津風部屋・元親方に対する風当たりも強く、病死とはいえ刑期を全うしていないことから「死に逃げ」だ、という辛口の声もありました。

時津風部屋・元親方の犯行が行われたのが2007年で当時57歳、実刑判決が確定したのが2011年のことで、61歳でした。そして肺がんにより病死したのが実刑確定から3年後の2014年のことです。

暴行事件当時からすでに高齢ですから病を患うのは仕方がないことでしょう。生前に悪者扱いという書籍を出版していますが、彼が事件について反省していたかどうかは死後の今、本人のみぞ知る、といったところです。

時太山への暴行は凶悪なイジメだという声

時太山への暴行は凶悪なイジメだという声
今回の暴行事件は、金属バットなどが用いられており、凄惨な被害からイジメではないのか、という声も上がっています。

ふつうに考えれば、金属バットやビール瓶で人間を殴れば、その人がどうなるか想像がつきそうなものですが、兄弟子の力士たちは分からなかったのでしょうか。

まして当時50代後半だった大人の時津風部屋・元親方が、結果について想像できないとは考えずらいものです。しかし、長年にわたりかわいがりが横行していたと推測するならば、感覚がマヒしていたとも言えるでしょう。

いずれにしても、かわいがりどころかイジメを越えた暴行が、許されるものではないのは確かです。

時津風部屋事件

あれはイジメによる殺人ではないのですか?

ビール瓶で頭殴りますか?普通。
金属バットで叩きますか?普通。

親方の指示だし、
力の強い力士たちが
よってたかってかわいがったら、
どうなるかわからないのでしょうか?
中学卒業ですぐに相撲部屋に入るから
一般常識もないのでしょうか?
高校生のイジメより悪質に感じます。

出典: https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/... |

人の命を軽く扱っている相撲関係者への批判も

人が死んでいるのにあまりにも他人事に振舞う相撲界に疑問を持つ声もあります。

時津風部屋で起こった暴行事件ですが、日本相撲協会は静観の一択を貫いており、力士の解雇などは手早いものの、とくに事件に踏み込んだ言葉はありません。

また、遺族に時太山の遺体が運ばれるときも、付添人は葬儀関係者のみで、相撲関係者は誰一人としていなかったそうです。

世間の私たちは、テレビ越しでしか事件について知ることができませんが、人が死んだことよりも相撲界の世間体を気にしているような業界の振る舞いに、不信感を隠せない人もいる様です。

人が死んでいるのですから、協会側も身を隠すように静かにするのではなく、もう少し重大な反応を示しても良いのではないか、と思われます。

相撲業界、おかしいですよ!人一人死んでるのに。。。
稽古でできた怪我ではないと親が不審に思って司法解剖に出したけど、
急死で片付けらてしまうのではないでしょうか?時津風部屋の人間が皆、稽古中での
事と口裏を合わせてしまえばそれで終わってしまうのでは?
私もいじめで死んだとしか思っていません!親方の会見テレビで観ていて腹立たしかった事か!
人の命の尊さをどう思っているのかと。。。親の気持ちを考えたら。。。

出典: https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/... |

今事件の教訓は現在の相撲界に活きているのか?

時津風部屋・暴行死事件から10年以上たった今、相撲業界にどんな影響があったのか、現在どうなっているのかについてまとめています。結果としては期待から外れた残念なものとなっています。

暴行事件から10年以上経つが教訓は活きていない

2007年に起きた時津風部屋・暴行死事件ですが、10年以上たった今でも相撲業界の行き過ぎたかわいがりや隠蔽体質は改善されているとはいえません。

今暴行事件が起こった後にも、相撲業界では暴力が問題になっており、あのときの教訓が何も活かされていないのでは、という世間の声が聞こえてきます。

また、不祥事が起こった時の日本相撲協会の態度にも変化は見られず、あくまで力士や部屋の問題として扱い、深入りしたくない思惑が伺えます。

改善の意志があるなら、10年もあれば1つぐらいは変化があってもおかしくはありません。しかし、何も変化を感じないことから、相撲業界の暴力問題は根深いものだと言えるでしょう。

繰り返す相撲界の暴行事件に遺族は怒りを隠せない

時太山の遺族の方も、繰り返される相撲業界の暴行事件に憤りを感じている様です。遺族としても、何かの形で息子の死を、無駄にせず活かして繋いでもらわなければ、やりきれないことでしょう。

昔と今の相撲業界に変化が見られなければ、遺族としても何年経っても納得がいかず、いつまでも過去に囚われたまま、どこかで割り切って次に進むこともできないのではないでしょうか。

相撲の世界は今も昔も変わらず暴力が続いている、息子の死は一体何だったのか、なぜ死ななければならなかったのか、当事者ではない私たちには遺族の思いを想像することしかできません。

ただ、相撲業界の暴力がいまだに横行している状態が許せない気持ちは同じではないでしょうか。

時津風部屋の序ノ口・時太山の斉藤俊さん=当時(17)=の父正人さん(61)が14日、新潟市の自宅で取材に応じ「相撲界が変わっていないことに強い怒りを感じる」と語った。
 「俊の死は何だったのか。日本相撲協会の体質はそのままなのか」。繰り返される相撲界の不祥事に、やりきれない思いが込み上げた様子だった。

出典: https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2017/11/15/kiji/20... |

時津風部屋暴行事件を振り返り遺族に同情する声も

時津風部屋暴行事件を振り返り遺族に同情する声も
10年以上たった今でも、風化させまいと時津風部屋・暴行事件を振り返り、被害者を悼む人や父親に深く同情するもいます。

当時、親は息子のために相撲部屋に帰しましたが、事件が起こった今では、生前の息子の危機に気付けなかったことや、助けの手を差し伸べられなかったことを後悔し、無念で仕方がないことでしょう。

相撲業界は依然として、残念ながら目立った変化が見られませんが、私たちができることは、事件を風化させず、教訓を活かせないままうやむやにしないことだと言えるでしょう。

世間から見ても相撲界の隠蔽体質に疑問の声がある

都合の悪い事は隠すという相撲業界の悪い習慣はいまだに続いているという世間の声が見られます。

時津風部屋の暴行事件から、貴ノ岩や貴ノ花の問題が起こりましたが、相撲協会側は一貫として都合の悪い事実が漏れないように隠蔽への余念がないことが伺えます。

相撲業界の風通しの悪さは、力士の首を握っている協会側の働きかけも大きく関係しているのではないでしょうか。

相撲業界の隠蔽体質を改善するには、組織の根本的な見直しが必要な可能性があるとも言えるでしょう。

時津風部屋の暴行死事件の時と変わってないとおもいます。
都合悪いことは隠す相撲界の体質は悪しき伝統は改善できてないと感じます。
貴ノ岩にとっても、暴行されたことをありのまま話すと
このままでは横綱解雇で相撲協会の隠蔽でやばくなり、モンゴル仲間からもお前が
正直にはなしたからだと立場がわるくなる。
貴ノ花も相撲協会幹部ではあるが、理事長選には落選で相撲協会にはよく思われていない、悪しき体質改善のために反旗をひるがえした被害届だったと思う。

出典: https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/... |

どんな状況でも人を殴っていい理由にはならない

どんな状況でも人を殴っていい理由にはならない
以上が時津風部屋・暴行死事件の詳細と行き過ぎたかわいがりについてでした。相撲界では、目をかけている力士に厳しい稽古を行うかわいがりという文化がありますが、行き過ぎると暴行となり、人を死に追いやってしまいます。

暴力の自覚がなかったとしても、人が死んでしまえば犯罪ですし、もっともらしい理由があるからといって人に殴るなどの暴行して良い理由にはなりません。

私たちの間でも似たようなことが存在しています。教育や学校の部活でのしごき、職場の人間関係も、一つ間違えれば今暴行事件のかわいがりと同じ結末をたどる可能性はありえることです。

自分が愛だと思っていても相手は必ずしもそう感じているとは限りません。今暴行事件のような過ちを繰り返さないためにも、双方の言葉によるコミュニケーションが大切だと言えるのではないでしょうか。

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