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東電OL殺人事件の詳細・真相|渡辺泰子の経歴・事件の真犯人は?
2019年02月10日

東電OL殺人事件の詳細・真相|渡辺泰子の経歴・事件の真犯人は?

あなたは東電OL殺人事件を知っていますか。この事件は被害者の女性と逮捕された男性の、2人の不幸な被害者を生み出しました。この記事は、いまだ解決をみないその真相に分け入り、事件が社会に投げかける意義について考えていきます。

東電OL殺人事件の概要

1997年3月19日、東京都渋谷区円山町にあるアパートの一室で、女性の絞殺死体が発見されました。遺体となって発見されたのは、東京電力に勤務する女性会社員・渡辺泰子さん(当時39歳)と判明します。

8日夜、渡辺泰子さんは、事件の現場付近で知人男性と別れたあと、行方が分からなくなり、その11日後、変わり果てた姿で発見されました。世にいう東電OL殺人事件です。

被害者は部屋の中央付近で仰向けに倒れており、着衣にみだれはありませんでした。現場の一室からは、柄のちぎれた黒革のバックが見つかり、財布の中身はわずかな現金しか残されていなかったため、何者かが金銭目的で女性を絞殺したものとして、警察は捜査を開始します。

死亡推定時刻は、胃に残った内容物から、8日の深夜から9日の未明にかけてとされました。当日の服装は、ブルーのツーピースに、ベージューのコートを身に着けていたといいます。

東電OL殺人事件が発覚するまで

死体の第1発見者は、近くの雑居ビルに店をかまえる、ネパール料理店の男性店長でした。この料理店の経営者は、事件現場となったアパートのオーナーと知り合いで、その関係から男性はアパートの仲介役をたのまれ、空室の管理をまかされていました。

遺体を発見する前日、店長は部屋のなかで女性が寝ている姿を目撃しています。その際、通路側の窓が開いており、玄関の扉は施錠されていないことが確認されています。

翌日、ふたたびアパートへ行くと、女性が横たわったままであることを不審に思い、部屋に入って確認したところ、女性の異変に気づき、110番通報。東電OL殺人事件はこうして明るみになりました。

東電OL殺人事件の顛末

警察の捜査は当初、現場近くに住むネパール人らと東電の関係者を中心に進められました。殺人事件が発覚した2か月後、現場近くに住んでいたネパール人の元飲食店従業員、ゴビンダ・プラサド・マイナリさん(当時30歳)を、強盗殺人容疑で再逮捕します。

ゴビンダさんには、すでに入管難民法違反(不法残留)容疑で懲役1年、執行猶予3年の判決がくだされていました。彼は逮捕直後から一貫して容疑を否認し続けます。

検察側と弁護側の言い分が真っ向から対立した裁判は、2003年、最高裁で上告が棄却されたことで、ゴビンダさんの無期懲役刑が確定します。しかし事態は、思わぬ展開をみせるのです。

東電OL殺人事件が話題になった理由

東電OL殺人事件は世間から注目を集めました。

それは東電の女性会社員だった渡辺泰子さんのスキャンダラスな素顔と、殺人事件の容疑者として逮捕されたゴビンダさんが、冤罪だったことにあります。

世の話題をさらったこの殺人事件を、2つの側面から説明していきます。

渡辺泰子さんの2つの顏

被害者の渡辺泰子さんは、慶応大学経済学部を卒業後に、東電の総合職として採用されたエリートウーマンでした。捜査がすすむにつれて明らかになったのは、昼と夜とで別の顏をあわせもつ、渡辺泰子さんの意外な素顔でした。

彼女は平日、会社を定時に出たあと円山町付近の路上で客ひきをおこない、近くのラブホテルやアパートの一室で、売春におよんでいたことが判明します。

昼は東電につとめるキャリアウーマン、夜は路上で声をかける売春婦と、2つの顔をあわせもつ渡辺泰子さんのスキャンダラスな素顔が明らかになると、マスコミの報道は一気に熱を帯びました。

その不可解な言動はセンセーションをよび、ノンフィクション作品に限らず、映画や小説などのモデルにもなっています。その代表的な作品には、小説では、桐野夏生さんの『グロテスク』、映画では、園子温さんが監督した『恋の罪』などがあります。

女性が寄せる渡辺泰子さんへのシンパシー

東電OL殺人事件の詳細・真相|渡辺泰子の経歴・事件の真犯人は?
東電OL殺人事件は女性からも多くの反響をよびました。それは渡辺泰子さんのように、相反する自己を同じように抱える、世の女性がシンパシーを寄せたことにありました。

その素顔を知るにつけ、「東電OLはわたしだ」との声がひろがり、事件現場を訪れる女性が絶えなかったといいます。

一般の女性にとどまらず、渡辺泰子さんの背景から見えてくる闇を、ジェンダー論や女性の生き方の視点から、女性識者によって多くの言及がなされています。

なかには男性のみの職場にあって、彼女が抑圧された女としてのセクシュアルな一面を取り戻したかったのではないか、との指摘もなされました。

冤罪者を生んだ東電OL殺人事件

東電OL殺人事件は、渡辺泰子さんのほかに、容疑者として逮捕されたネパール人男性のゴビンダさんも被害者の1人です。

彼は逮捕の直後から無罪を主張し続けました。逮捕されたゴビンダさんは冤罪者だとして、日本国民救援会、日本弁護士連合会も支援にのりだします。

この冤罪事件を熱心に追ったジャーナリストの代表格が佐野眞一さんです。その成果は『東電OL殺人事件』という本にまとめられました。この殺人事件を考えるうえで必読ともいえる著作で、この記事も同書を参考にしています。

また事件を女性目線から追った『東電OL症候群』という続編も発表されました。

東電OL殺人事件の真相

ここからは東電OL殺人事件の真相に迫っていきましょう。

渡辺泰子さんは事件の当日、どんな行動をとっていたのでしょうか。まずは渡辺泰子さんのプロフィールと、殺人事件が起こった円山町の歴史をひもといていきます。

円山町の歴史からは、東電に勤めた彼女との意外な関係も見えてきます。

渡辺泰子さんのプロフィール

項目詳細
名前渡辺泰子
年齢39歳
生年月日1957年(昭和32年)年6月7日
出身大学慶応義塾大学経済学部卒
住居杉並区永福
勤務先東京電力・1980年入社
部署企画部調査課
役職企画部経済調査室副長
渡辺泰子さんは、東京大学を卒業した父・達雄さんと、日本女子大学を卒業した母のもとに、長女として生まれました。

達雄さんは東電に入社した後、送電に関する大きなプロジェクトを統括する要職につきますが、彼女が20歳の時、ガンに冒され、52歳の若さで亡くなります

彼女は心理的なショックから拒食症にかかり、その症状は亡くなるまで続いたといいます。

東電に入社後、渡辺泰子さんは電力事業がもたらす経済への影響を研究するなかで、原発の危険性を認識し、父と同じく反対の立場をとった、といわれています。

東電OL殺人事件が起こった円山町とは?

円山町は、松濤(しょうとう)と南平台(なんぺいだい)との高級住宅街にはさまれた、渋谷区の一画に位置しています。

古色ゆかしい花街とラブホテル街が混在するこの町は、戦前には、東急グループの創業者・五島慶太が、戦後には、首相にまでのぼりつめた政治家・大平正芳が、花街へ通ったことでも知られています。

昭和30年代に入ると、奥飛騨のダム建設にともなう補償金を元手に、ある移住者グループが円山町一帯を買い占め、現在のようなラブホテル街が出現することになります。

はからずも、東電OL殺人事件の現場となった円山町は、電力開発にともなう補償金によって出現した、東電会社員・渡辺泰子さんにとって、ゆかりの深い土地だったのです。

事件当日の渡辺泰子さんの行動とは?

東電OL殺人事件の詳細・真相|渡辺泰子の経歴・事件の真犯人は?
彼女は平日、職場を定時に出たあと、東電本社のある新橋から地下鉄銀座線で渋谷まで乗車し、円山町へ移動します。そこで1日に4人の客をとるノルマを自らに課し、道行く男性に声をかけていました。

目標を達成すると、ラブホテル街のすぐ先にある、京王井の頭線・神泉駅を発着する下り最終列車で、杉並区・永福の自宅に帰ることを日課にしていました。

では、殺害された3月8日の土曜日は、彼女はどんな行動をとっていたのでしょうか。

渡辺泰子さんの12時30分~17時30分の行動

渡辺泰子さんは、事件の1年ほど前から五反田のホテトル嬢として働いています。店に顔を出すのは、会社が休日となる土・日・祝日に限られていました。

殺害された当日は、土曜日にあたるため、杉並区永福の自宅から京王・井の頭西永福町駅を出て、昼の12時30分頃に店に出勤します。

17時30分頃まで客からの電話を待ちますが、当日は指名がなく、17時30分過ぎにお店を出ています。

渡辺泰子さんの17時30分~22時15分頃の行動

東電OL殺人事件の詳細・真相|渡辺泰子の経歴・事件の真犯人は?
渡辺泰子さんは五反田から渋谷へ移動し、駅前で男性と落ちあった後、円山町のコンビニに立ち寄ります。

汁をなみなみと注いだカップに、シラタキやコンニャクを小分けにしておでんを購入。コンビニを出ます。

連れの男と一緒に、円山町のラブホテル街へ移動した渡辺泰子さんらは、19時過ぎにホテルに入り、22時過ぎにチェックアウトします。

渡辺泰子さんの22時30分頃~23時00分の行動

道玄坂の交番近くで男と別れたあと、来た道をもどり、京王井の頭線・神泉駅方面へ移動します。その際、路地を歩く彼女の姿が近くの店主によって目撃されています。

同じ時間帯、円山町にある店のアルバイト従業員によって、街を行きかう男性に声をかける、渡辺泰子さんの姿も確認されています。

渡辺泰子さんの23時00分~23時45分の行動

渡辺泰子さんは連れの男とともに、道玄坂から円山町方面へ移動します。23時45分頃、現場アパート前で男女が会話をする光景を通行人が目撃しています。

その証言によると、男女はアパートの前で会話をかわしたあと、女性が先導するかたちで、アパートに消えていったといいます。生前に目撃された、渡辺泰子さんの最後の姿でした。

ゴビンダさんが逮捕された3つのポイント

事件が発覚した2か月後、ゴビンダさんは殺人事件の容疑者として逮捕されます。しかし、警察の捜査にはいくつかの不可解な点も残されていました。

この章では、ゴビンダさんのプロフィールをご紹介するとともに、警察の捜査で浮上した疑問点を挙げていきます。

ゴビンダさんのプロフィール

項目詳細
名前ゴビンダ・プラサド・マイナリ
年齢30歳
生年月日1966年
住所渋谷区円山町
職業飲食店従業員
勤務期間1994年12月~
出身国ネパール東部・イラム
入国日1994年2月
渡辺泰子さんが殺害された当時、ゴビンダさんは殺人事件のあったアパートに隣接するビルに、ネパール人の4人と生活していました。

仕事は、京葉線・海浜幕張駅からほど近い、インド料理店に勤めていました。殺人事件が発生した当日は、いつもと変わらず昼頃に出勤し、閉店時間となる22時まで働いていたことが分かっています。

2人の接点は、ゴビンダさんが渡辺泰子さんと何度か性交渉をもっていたことにありました。事件の直前に、ゴビンダさんと会ったとする記録が彼女の手帳に残っていたことから、警察の捜査線上に、その名前が浮かびあがったのです。

ゴビンダさんはこうして誤認逮捕された!

東電OL殺人事件の詳細・真相|渡辺泰子の経歴・事件の真犯人は?
渡辺泰子さんを殺害した容疑で、警察がゴビンダさんを逮捕したのは、いくつかの状況証拠にもとづいています。しかしその逮捕には、いくつかの疑問点があることは否めませんでした。

ゴビンダさんの事件当日の行動をふりかえると、警察が彼を犯人だとする主張には、納得のいかない点があったからです。それはおもに3つのポイントにありました。

その中身を検討していくと、警察が後に非難された、ずさんな捜査の一端が浮きぼりになってきます。

・事件当日のアリバイについて

警察は当初、現場前での目撃証言から、ゴビンダさんが渡辺泰子さんと一緒に、アパートに入った時刻を、23時25分頃(後に訂正)と考えていました。

しかし事件当日の夜、千葉県幕張にあるインド料理店を22時過ぎに出たゴビンダさんが、その時間帯に殺人事件のあった現場付近に到着することは難しいことが指摘されました。

インド料理店の最寄り駅となる京葉線・幕張海浜駅から電車を乗り継ぎ、渋谷駅に到着して徒歩で殺人事件のあった現場アパートまで行くには、どう見積もっても、日付が変わる前後の時間帯にしか、到着できないことが分かっていたからです。

つまりゴビンダさんにはアリバイがあったことになります。

・アパートの鍵と家賃について

警察は事件前に、ゴビンダさんが現場アパートの一室を借りることを検討していた事実に注目します。渡辺泰子さんが殺害される直前まで、彼が部屋の鍵を預かっていたこと、事件後に滞納していた2か月分の家賃を、まとめて支払っていたことを重視しました。

しかし実際は、渡辺泰子さんの遺体が発見される前日、玄関の扉は施錠されておらず、アパート通路側の窓が開いていたことが、見まわりに来た店長によって確認されています。現場となった部屋には、鍵を所持していなくても、自由に出入りできる状態にあったのです。

さらに殺人事件が起こる以前に、ゴビンダさんは友人を通して鍵を返しており、同じタイミングで、滞納分の家賃をまとめて支払っていたことも裏づけられています。

ゴビンダさんが、金を奪う目的で犯行におよび、事件後に家賃の支払いをすませた、との警察の見立てには疑問が残りました。

・現場から見つかった遺留物について

東電OL殺人事件で、警察が最も重視したのは、アパートの一室から見つかった遺留物(体液と体毛)が、ゴビンダさんのものと一致したことにあります。

しかしゴビンダさんは、以前からアパートの一室で渡辺泰子さんと性交渉をもっていたことから、現場から見つかった遺留物が、本当に殺人事件の容疑者として犯行を立証できるものか、疑いがもたれました。

現場で見つかった証拠品は、殺人事件の犯行を決定づける証拠には欠ける可能性が指摘されていたのです。

かりにゴビンダさんが犯人であるならば、約10日間にわたって、アパートに遺体を放置し、現場から目と鼻の先にある隣のビルで、彼が平然と暮らしていた理由も説明がつきません

こうした謎と疑問点を抱えたままゴビンダさんは起訴されました。警察の不可解な捜査のように、謎が謎をよぶ、こちらの関連記事もあわせてご覧ください。

東電OL殺人事件の裁判の推移

東電OL殺人事件の詳細・真相|渡辺泰子の経歴・事件の真犯人は?
遺体が発見された2か月後に、ゴビンダさんは渡辺泰子さんの殺害容疑で逮捕されました。

第1審では無罪判決が出たものの、東京高等裁判所では一転、有罪判決がくだされ、つづく2003年、最高裁で弁護側の上告が棄却されたことで、ゴビンダさんの無期懲役が確定します。

結果、東電OL殺人事件の犯人として、15年もの間、無実の罪で服役することになったのです。以下に記すのは、ゴビンダさんに無罪判決がくだされるまでの裁判の経緯です。

東京地方裁判所・第1審について

2000年4月。殺人事件の現場アパートから見つかった遺留物からは、ゴビンダさんを犯人とする検察側の主張には疑問が残るとして、第1審では無罪判決が言い渡されます。

2017年、ゴビンダさんが来日した際、いちばん会いたい人物として挙げたのが、無罪判決をくだした、この時の裁判長でした。

東京高等裁判所・控訴審、上告審について

2000年12月。検察は判決を不服とし、東京高裁に上訴します。裁判では、第1審判決から一転、現場アパートに残された遺留物をゴビンダさんのものと認め、無期懲役の判決を言い渡します。

判決の際、ゴビンダさんは「神様、ぼくはやってない」と叫んだといいます。最高裁判所での上告審でも、弁護側の主張が認められず、東電OL殺人事件の犯人として、ゴビンダさんの無期懲役刑が確定します。

東京高等裁判所・再審請求について

2011年7月。再審請求審において、弁護側の求めで実施されたDNA鑑定によって、遺体に付着した遺留物などから、ゴビンダさんのDNA型、血液型と一致しないことが判明します。

同時に、捜査の段階で、ゴビンダさんものとは異なる血液型が検出されていたにもかかわらず、鑑定結果を公表せず、DNA鑑定も実施していないことも明らかになりました。

この結果をうけて、渡辺泰子さんを殺害した第三者の存在が浮かびあがり、東電OL殺人事件の再審が開始されることになりました。このDNA鑑定の内容を、いち早くスクープした読売新聞・取材班は、2012年度の新聞協会賞を受賞しています。

2012年6月、再審開始の決定をうけて、ゴビンダさんは母国のネパールへ帰国しました。

東京高等裁判所・再審初公判について

2012年10月。東京高裁で再審が始まり、検察側もDNA鑑定の結果をうけて主張を一転させます。同年11月、検察側も無罪を支持したことで、東京高裁はゴビンダさんに無罪判決を言い渡しました。

東電OL殺人事件は、別の人物による犯行だったことが証明されたのです。2013年、ゴビンダさんは補償請求をおこない、国から約6800万円が支払われています。

警察の強引な見立てによる捜査と司法の誤った判断は、15年もの間、罪のない人間の自由と尊厳を奪いました。この事件は裁判史にも大きな汚点を残したのです。

無罪判決を受けてのゴビンダさんの声明

無罪判決を受けて、ゴビンダさんは母国のネパールから声明を出しました。そこには無罪判決が出た喜びと、警察や司法に対する悲痛な叫びが込められていました。こんなメッセージです。

今日私はさいしんで無罪になりました。
私にとってにどめの無罪はんけつです。さいしょの無罪はんけつがただしかったことがやっとあきらかになりました。もちろんうれしいけれどくやしいきもちもあります。
どうして私が15年かんもくるしまなければならなかったのか日本のけいさつけんさつさいばんじょはよくかんがえてわるいところをなおしてください。
無実のものがけいむしょにいれられるのは私でさいごにして下さい。

出典: http://www.jca.apc.org/govinda/2012/20121107govimessage.pdf |

ゴビンダさんのいまは?

ゴビンダさんは、現在、ネパールの首都・カトマンズで暮らしています。2017年、妻のラダさんと来日し、東京都内で開催されたシンポジウムに出席しました。

その席上で、社会から冤罪事件を撤廃することの重要性を聴衆に訴えています。

来日した際、事件から約20年の時が流れ、51歳になったゴビンダさんの風貌は、当時の面影はなく髪は抜け落ち、冤罪によって失われた時間の大きさを物語っていました。

東電OL殺人事件の真犯人は?

東電OL殺人事件は、いまだ犯人がつかまっていない未解決事件です。ネットや雑誌では、この殺人事件の真犯人をめぐって、さまざまな憶測がとびかいました。

この章では、雑誌や巷でささやかれる犯行説を3つピックアップし、そこから見えてくる犯人像を考えていきます。

外国人犯行説から浮かぶ真犯人

事件の現場となったアパート前の目撃証言から浮かぶのが外国人犯行説です。事件があった夜、外国人風の男が、渡辺泰子さんと一緒に現場アパートに入る姿を見た、との目撃証言があります。この証言は真犯人を考えるうえで有力な情報になります。

また事件が発覚する1週間前、渡辺泰子さんの定期券が、豊島区巣鴨にある都電荒川線・新庚申塚(しんこうしんづか)駅近くの民家の庭から発見されています。

定期券が見つかった民家の近くでは、当時、東南アジア系、南米系の外国人が多く住んでいたといいます。この犯行説によると、犯人はその界隈に住む、外国人籍の男の可能性が高くなります。

東電OL殺害事件では、外国人と見られる男が被害女性と歩いているところを目撃されている。それが、「ネパール人犯人説」に繋がったわけだが、もし外国人が真犯人であるならば、定期券が発見された新庚申塚駅周辺に暮らしていた外国人たちにも捜査の範囲を広げるべきではなかったか。

出典: https://news.nifty.com/article/domestic/society/12151-171... |

金銭トラブルから浮かぶ真犯人

東電との金銭トラブルから殺害されたというのが暴力団犯行説です。この説は、あるネパール人の男が、都内のクラブに渡辺泰子さんの写真を持ち込み、暴力団関係者の手に流れたとの噂から生じたものです。

写真がお金になると思ったその関係者は、写真をもとに東電をゆすり、金をひきだそうと計画。しかし計画は失敗に終わり、結果、彼女はトラブルに巻き込まれ、殺されたのではないかというのが、その筋書きです。

しかし東電との間に生じた金銭トラブルの噂は、時間の経過とともに立ち消え、あくまで噂の域にとどまるものでした。

内部犯行説から浮かぶ真犯人

ネット界隈でささやかれるのが、渡辺泰子さんが反原発の立場をとったことから浮上する、内部犯行説です。

渡辺泰子さんは、東電の企画部・調査課でレポートの作成業務についており、そのなかには、原発の危険性を指摘する報告書もあったとされています。

そのため彼女の存在をよく思わない、原発推進派の関係者の手によって消されたのではないか、というのが、この犯行説をかたちづくっています。彼女の上司には、のちに東電の重職につく人物がいたため、噂に拍車をかけました。

この犯行説をとる場合、犯人は計画犯と実行犯とに別れた、複数のグループがいることが考えられます。

東電OL殺人事件が現在に投げかけるもの

東電OL殺人事件は、2人の不幸な被害者を生み出しました。そのひき金になったのは、個人の資質や言動のみにとどまるのではなく、外国人への偏見や男社会のひずみなどが下地となって起きたとも考えることができます。

2人の被害者は、私たちの先入観といびつな社会構造が生んだ、いわば犠牲者だったのではないでしょうか。

時効の撤廃により、東電OL殺人事件は未解決なまま現在に続いています。私たちにできることは、亡くなった渡辺泰子さんと、冤罪だったゴビンダさんの苦しみを忘れず、事件の記憶を風化させないことにあります。一刻も早い事件の解決が待たれます。

この殺人事件と同じく、社会の闇がかいま見えるこちらの記事もおすすめです。

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